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  11月4日

 

野菜が好きな長女のために、

野菜をたっぷり入れたシチューを作った。

 

煮込んでいる途中、ふと目を離した隙に

次女がキッチンへ入ったようだ。

がしゃーんと凄い音がしたので慌てて行ってみると、

鍋が床にひっくり返っていた。

泣きわめいている次女のそばに、椅子が倒れている。

椅子に上って鍋を覗き込もうとしたのだろう。

 

怒りが湧き上がった。

せっかく長女のために時間をかけて作ったシチューを、

次女が台無しにしてしまった。

頭に血が上る。

次女をきつく叱り、ほっぺたを2度、強く叩いた。

次女は火のついたように泣き続けている。

 

騒ぎを聞いてキッチンに入ってきた長女が、

次女のもとに駆け寄った。

長女は 「大丈夫?」 としきりに繰り返している。

はっとして次女を見ると、

胸元に熱いシチューがべっとり付いていた。

服をめくり上げると、胸からお腹にかけて火傷をしていた。

 

ぞっとした。

自分で自分が怖くなった。

 

床にひっくり返った鍋、そのそばで泣いている娘。

この光景を見て、普通の親なら真っ先に娘の心配をするだろう。

私は、シチューを台無しにされたことしか頭になかった。

次女の心配なんかしていなかった。

 

 

# # #

 

 

さゆと2人で買い物に行くことになった。

と言ったら、絵里はにやにやしながら 「いってらっしゃぁーい」 と

私を送り出した。

ちくしょう、いちいち癪に障る口調で喋りやがる。

ただ、言うほど悪い気はしなかった。

私とさゆのことを面白がってはいるが、なんだかんだで絵里は

私たちを応援してくれているのが分かるからだ。

 

 

「ひとみさん、これ見て〜。 超可愛い」

リボンをかたどったショッキングピンクのヘアアクセサリーを

つまみ上げて、さゆが目をきらきらさせた。

「あー、うん、ほんとだねぇ」

私の好みじゃなかったけど、とりあえず相槌を打っておく。

 

そんな髪飾りよりさゆのほうが5万倍可愛いよ、

と喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

危ない危ない。

気持ち悪い言動は慎まなきゃ。

 

 

私たちは雑貨屋に来ていた。

普段、私がこんなファンシーな店に来ることはめったにない。

可愛らしい小物が嫌いなわけじゃないけど、

こういう乙女丸出しの店には入りづらくて。

 

さゆは髪飾りの棚から動こうとしないので、

私は適当に店の中を見て回ることにした。

凝ったデザインのキャンドルがあって、思わず足を止める。

実は、最近アロマキャンドルにはまっているのだ。

絵里に見つかって 「お姉ちゃん意外とこういうの好きなんだー」 と

からかわれたので、友達から貰ったんだと言い張ったけど。

 

 

「あー、シャボン玉だー」

さゆの声が聞こえて振り向いた。

「ひとみさん、これ懐かしくないですかー」

さゆは、シャボン液とストローがセットになったパッケージを

手に取って眺めていた。

 

「うん、小さい頃よく遊んだよ」

「さゆみも! さゆみシャボン玉大好きだったんですよぉ」

「へえー」

「綺麗で可愛くて儚くて、まるでさゆみみたいですよねー、きゃはっ」

 

こ‥‥これはツッコむべきなのか。

全力で肯定したらまたキモいと思われちゃうけど、

大好きなさゆを否定したくはない。

私はリアクションに困って曖昧に笑った。

 

さゆは私の葛藤など気にも留めていないようで、

ただシャボン玉セットを懐かしそうに見つめている。

結局、いちいち振り回されてるのは私だけだ。

空回りの自分が情けなくて、小さくため息をついた。

 

 

「しゃーぼんだーまーとーんーだー」

 

はっとして顔を上げる。

さゆが呟くような声で口ずさんでいた。

 

 

不意に、こめかみがズキンと痛んだ。

妙な映像が頭の中にフラッシュバックする。

私はぎゅっと目を閉じた。

 

4人の小さな女の子が公園で遊んでいる。

砂場で夢中になってトンネルを掘っているのは、私だ。

私の隣には、知らない女の子が1人。

その女の子も私も、見た目は6歳くらいだろうか。

 

「やーねーまーでーとーんーだー」

滑り台のてっぺんで、2〜3歳の女の子2人が

シャボン玉を飛ばしながら歌っている。

あれは絵里と、‥‥‥‥さゆ?

絵里とさゆが、滑り台の上に2人並んで歌っている。

‥‥本当にさゆなのか分からない。

でも似ている、さゆに似ている。

 

「やーねーまーでーとーんーでー」

「こーわーれーてーきーえーたー」

 

私と絵里は、小さい頃さゆと遊んだことがあったんだろうか。

何も覚えてないけど。

それにしても、私の隣にいる知らない女の子は誰なんだ。

私と絵里、さゆと、ってことは、

年齢からしてさゆの姉なのかもしれない。

 

 

「‥‥ちょっとひとみさん、どうしたんですか」

 

さゆに肩を揺さぶられて、私は目を開けた。

「あれ‥‥」

「なんか今、立ったまま寝てましたよ」

「あは、ごめんごめん」

 

私の頭の中に浮かんできた映像が

本当にあった出来事なのかは分からない。

だけど気になる。

何かが引っかかる。

 

「さゆ、あのさ、突然なんだけど、

 さゆってお姉ちゃんいたりする?」

 

一瞬、さゆの表情が物凄く辛そうに歪んだ。

どきりとした。

 

「はい‥‥いましたよ」

「あ、やっぱそうなんだ。 なんか今変なこと思い出してさぁ」

「4年前に死にましたけど」