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  10月21日

長女と次女に対する私の愛情は不平等なのかもしれない、

と最近思う。

いや、本当はずっと前から気づいていた。

自分で気づかないふりをしていただけだ。

なぜだろう。 私は、次女の何が気に入らないのだろう。

 

  10月22日

夫は会社へ、長女は幼稚園へ行き、

平日の昼間はいつも次女と家で2人っきりだ。

息苦しい。 窒息しそうな時間。

次女は1人で絵を描いたり、人形を使ってままごとをしたりしている。

あまり私には絡んでこない。

幼いながら、私の愛情の差に薄々感づいているのかもしれない。

 

  10月23日

夫のスーツのポケットから、四つ折りの小さな紙切れを発見した。

『昼休み、いつもの場所で』

きれいに整った、女性の字だった。

 

 

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信じられないことが起きた。

走れ。 急げ。 早く帰って絵里に知らせなきゃ。

足がもつれる。 息が切れる。

 

「さゆみ、ひとみさんのこと好きです。

 まだ会って1ヶ月も経ってないし、いきなり何だよって

 思われるかもしれませんけど。

 あぁ、はい、そういう意味の“好き”です。

 一緒にいると、なんか胸がどきどきするんです。

 さゆみのこと、気持ち悪いって思いますか?

 ‥‥よかったぁ、ドン引きされたらどうしようって思ってたんです。

 え、男として見てるかなんて、そんなわけないじゃないですか。

 ひとみさんは女の人じゃないですか。

 女の人に恋しちゃうなんて、さゆみ、変ですかね?

 なんか自分でもこんな気持ち初めてで、

 よく分かんないんですけど。

 あの、ひとみさんは、さゆみのこと、どう思ってますか?」

 

 

「絵里! 絵里いいいいい!!!」

 

叫びながら玄関に飛び込んでパンプスを脱ぎ捨て、

階段を駆け上がり、絵里の部屋のドアを勢いよく開けた。

 

絵里はポテチを口にくわえたまま、きょとんとして私を見ていた。

「なに、お姉ちゃん。 どうしたのー」

「っは、あのねぇ、あのあのあの、実はですね、はぁっ」

息が切れてうまく喋れない。

「あはは、やだもー、落ち着いてから喋ってよぉ」

 

何度か大きく息を吐いて、ごくんと唾を飲み込んだ。

 

「ふぅー、あのねぇ、さゆ、さゆがね」

「あ、お姉ちゃんやっとさゆって呼べるようになったんだ」

「もう慣れたもん」

「で、さゆがどうしたの」

「な、なんかあの子、あたしのこと好きだって」

 

絵里は一瞬フリーズしてから、

目を輝かせて私の両手をぎゅっと握ってきた。

 

「やだーうそー! よかったじゃーん!」

「えぇ? よかった?」

「だってお姉ちゃん、さゆのこと好きだったんでしょ」

 

今度は私がフリーズした。

 

「ああああ! なんで知ってんの」

「バレバレだったよぉ」

「まじ!? あたしそういうの隠し通すの得意なはずなんだけど!」

「んー、確かにいつもは全然分かんないんだけどねぇ」

 

やっぱそうなのか、私は傍目にも分かるほどおかしかったのか。

急に恥ずかしくなって俯いた。

 

「お姉ちゃん耳まで真っ赤だよぉ、にひひひ」

「くそ、黙れうんこ」

「さゆと初めて会った時から、なんか変だったもんねー」

「う、うるさいな」

「ねー、さゆのどこが好きなのー?」

「‥‥‥ぜっ全部だよ全部」

「うっわ寒ぅ〜。 お姉ちゃんって、照れてるわりにわざわざ

 恥ずかしいこと言う人だよね」

「っく‥‥」

 

くっそー、いちいち腹立つなぁ。

からかわれることには慣れていない。

 

私が押し黙ると、絵里は私の顔を覗き込んでにやにや笑った。

「ってことは、さゆと付き合うんだよね?」

「え?」

「やだなー、絵里これからちょっと気まずいなーどうしよう」

 

あれ? そういえばどうなったんだっけ。

 

「‥‥‥え、分かんない」

「はあ?」

 

「どう思ってますか?」 と訊かれたので、

私は当然のように 「大好き!」 と即答した。

それだけだ。

付き合うとか付き合わないとか、そんなの無かったような‥‥

 

「まーじでぇー? つまんなーい!」

絵里はアヒル口をさらに尖らせて不機嫌そうに言った。

 

 

なんで? 普通こういうのって付き合うべきなの?

私には分からない。

だいたい、女同士で付き合うって何すんのって感じだし。

一緒に出かけたり遊んだりするのはいいとして、

その先はどうなるんだ。

だって女同士じゃやれないじゃん。 入れるものがないじゃん。

 

それに、よく考えたら私、

さゆとチューしたいとかやりたいとか思わない。

そばにいて幸せを感じるだけだ。

可愛いなーとか好きだなーとか思ってドキドキするけど、

欲情したことはない。

 

こういうのが男と女の違うところなんだろうな。

「可愛い・好き・どきどきする=やりたい」 っていう男の感覚が、

女にもあるとは限らない。

そりゃ性欲強い女の人もいるんだろうけど。

私はその辺けっこー淡白だと思う。

 

 

絵里はさゆと私のやりとりについてひと通り聞き出したあと、

満足したように自分の部屋へ戻っていった。

 

 

ぽふんとベッドに仰向けになって、

携帯の受信メールをスクロールする。

さゆの名前を見つけるたびに、顔がにやけた。

 

今までめんどくさくてフォルダ分けなんてしてなかったけど、

これを機会にやってみようかな。

さゆのメール専用フォルダとか。

‥‥うわぁどうしよう、

名前のとこに全部さゆさゆさゆさゆって並ぶんだよ。

想像しただけでよだれが出そうだぜ。

 

 

『今日は驚かしちゃってすみませんでした。

 でも、ひとみさんもさゆみのこと好きだって言ってくれて

 すっごく嬉しかったです。

 これからも絵里と3人でいっぱい遊びましょうね!

 たまには2人っきりで遊べたらもっと嬉しいな(笑)』

 

今日最後に来たメールを10回読み返して、

携帯をぱちこんと閉じた。

 

私、幸せ者だな。 こんなに幸せでいいのかな。

さゆと出会わせてくれた絵里には、感謝してもしきれない。

今度お礼に焼肉でもおごってやろうと思う。