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  10月4日

『ひとみちゃんは今日も小さい子たちの面倒をよく見てくれました。

 お遊戯の覚えも早く、いつも周りの子に教えてあげています』

―――幼稚園の連絡帳より

長女を誇らしく思うと同時に、次女のことを考える。

長女と違って次女は引っ込み思案だし、

同じ年の他の子たちに比べると体も小さい。

幼稚園に行ったら溶け込めるだろうか。

先生に褒めてもらえるだろうか。

 

  10月5日

ここ1週間ほど夫の帰りが遅い。

理由を聞いたら、仕事が詰まってるとか何とか予想通りの答え。

ご機嫌取りのつもりなのか知らないけど、

今日は家族に色々お土産を買ってきてくれた。

私にはブランド物のハンカチ。

娘たちにはなんか高そうなおもちゃ。

 

  10月6日

夫が昨日買ってきたおもちゃのことで、長女と次女が喧嘩をした。

どっちが先に使うか、とかそんな理由だったようだ。

私はまた長女の味方をしてしまいそうになったけど、

今日はグッとこらえた。

「妹に先に使わせてあげなさい」 って、ちゃんと言えた。

 

  10月7日

娘たちが、私の似顔絵を描いたらしい。

長女はとても綺麗に描いてくれて、うまく私の特徴も捉えていた。

長女には絵の才能があるんじゃないかと思う。

それに引き換え次女が描いた絵は、

人の顔なのか何なのか分からないようなレベルだった。

まだ2歳だから当たり前だけど。

 

 

# # #

 

 

私は今、たぶん夢を見ている。

またあの夢だ。

 

キッチンで泣いている幼い妹、零れたシチュー、

それを見つめる母と、幼い私。

そして現在の私が、その光景を別の場所から傍観している。

私が“私”を見ている。

 

静かなキッチンに、妹の泣く声だけが響いている。

母と“私”は固まっていて、無表情で突っ立っているだけだ。

妹以外は時間が止まっている。

それを傍観しているこっち側の私も金縛りに遭ったように動けず、

声が出せない。

 

ただ泣いている妹が可哀相で、慰めてやりたかった。

泣かないで。 どうしたの? どこか痛いの? 何があったの?

 

 

しゃーぼんだーまーとーんーだー

 

突然、あの童謡のメロディが流れ始めた。

いや、音だけじゃない。

歌だ。 誰かが歌っている。

調子はずれの、幼い女の子の声。

 

屋根まで飛んだ。

屋根まで飛んで、壊れて消えた。

 

かーぜかーぜーふーくーなー

 

‥‥あれ? なんか飛ばしてないか?

「壊れて消えた」 と 「風々吹くな」 の間に、

まだ歌詞があったような気がする。

なんだっけ。 なんだっけ。 思い出せない。

 

 

その時、さっきまで見えない何かに押さえつけられていた体が

ふっと軽くなった。

あ、動ける。

手を伸ばそうとした瞬間、目が覚めた。

 

 

外はまだ薄暗い。

時計を見ると、朝の4時を少し過ぎたところだった。

 

「‥‥ん?」

どうも苦しいと思ったら、絵里の重量感たっぷりの二の腕が

私の胸元を圧迫していた。

絵里を起こさないように、そっと腕を持ち上げてどけてやる。

 

いつの間に私のベッドに入ってきたんだろう。

変な夢でも見て怖くなったのかな。

 

 

19にもなって仕方のない妹だ。

そういえば、私が中3で絵里が小6の時までは

同じ部屋で寝てたっけ。

もっと前は、同じベッドで寝ていた覚えがある。

いつ頃だろう。 私が小学校低学年とか、その辺かな。

 

その前は。 私が小学校に上がる前は?

‥‥‥あれ? 幼稚園の頃、何があったんだっけ?

おかしい。 何も思い出せない。

 

普通、自分の中にある1番古い記憶って

2〜3歳頃じゃないのかな。

私の物忘れがひどいだけなのか。

小学校に入学する前のことを、何1つとして覚えていない。

 

そういえば、自分や絵里の小さい頃の写真を見たことがない。

昔、それが不思議で両親に尋ねてみたことがある。

あんたたちは小さいとき写真が嫌いだったんだよ、

なんて言われたけど、本当だろうか。

だって、小学校の入学式の時に撮った写真では

私も絵里も満面の笑みで写ってるじゃないか。

 

あー、頭がガンガンする。

曖昧で不確かなことを思い出そうとしても、ただ疲れるだけだ。

 

 

絵里は私の隣で、無邪気に熟睡している。

 

まだ幼さの残る寝顔を見つめた。

左目の上に小さな傷。

 

小さい頃、母が絵里を抱いたまま転んでしまい、

絵里は顔に怪我をしてしまったのだと聞いたことがある。

今さら母を責めるつもりはないけど、

絵里の可愛い顔に一生残る傷がついてしまったのは可哀相だな、

というかもったいないな、と思う。

 

すやすやと寝息を立てて幸せそうに眠る妹を見つめながら、

私もまた眠りに落ちた。