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  8月11日

もうすぐお盆。 娘2人を連れて、昨日から実家に帰省している。

しばらく会わないうちに、父と母はめっきり老けた。

毎日2人きりで淋しいだろうな。

たまにはこうして孫の顔を見せに来てあげなきゃ。

 

  8月12日

今頃、夫は1人で何をしているんだろう。

料理や掃除は1人できちんと出来ているのだろうか。

夫は、14日にはこっちに来ると言っていた。

 

  8月13日

娘たちを見た母が、

「お姉ちゃんはあんたに似てて、妹は旦那さん似だね」 と言った。

そうなのだ。 次女は私に全然似ていない。

長女のほうは、大きな目も薄い唇も私にそっくりなのに。

 

 

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「お姉ちゃあああん」

ぼふっ。

 

腹の辺りに衝撃を感じて、一瞬で目が覚めた。

顔をしかめながら目を開けると、

満面の笑みで私を見つめている絵里がそこにいた。

 

「‥‥苦しいんだけど」

「あのねぇ、今日ねぇ」

「絵里、重い」

「この前話したバイト先のー」

「ちょっと、腹踏んでるって」

「踏んでるんじゃなくて乗っかってるんですぅ」

「どけー。 苦しいよー」

「あーあ、そろそろダイエットしようかな」

「ばか、ダイエットなんかしなくていいよ」

「ぶひー」

 

絵里は私の腹の上から腰を浮かせると、ベッドに座り直した。

私もベッドから体を起こした。

 

テストが終わってから、

毎日自分の部屋でぐうたら過ごす日が続いている。

春休みと言ってもまだ2月になったばかりだし、

寒くて布団から出られないのだ。

たぶん、毎日10時間くらい寝てる。

いくら寝ても寝足りない。

 

 

寝起きだからか、頭がぼーっとしていた。

頭の片隅にかすかに浮かんでは消える、断片的な映像。

なんだか変な夢を見ていた気がする。

 

見覚えのあるキッチンで、小さな女の子が泣いている。

顔は見えない。

床には鍋がひっくり返っていて、

シチューらしきものが豪快に撒き散らされていた。

女の子のそばに母が立っている。

母の服の裾を掴んでいるのは、小さい頃の私だ。

‥‥ということは、泣いている女の子は絵里だろうか?

 

既視感はあった。

今までに何度か、同じ夢を見たことがあるのかもしれない。

もしかしたら現実にあった出来事なのかもしれない。

思い出そうとすると、頭の奥がじんじんと痺れて吐き気がした。

 

 

「で、さゆがね」

「え? 誰?」

 

ぱっと意識が引き戻される。

絵里を見ると、怪訝そうな顔で私を見つめていた。

 

「んー、えっと、バイト先のー」

「あ、この前言ってた子ね。 新しく入ってきた色白黒髪の」

「そう、その子がさゆっていうんだけどー、

 なんかお姉ちゃんに会いたいって」

「お姉ちゃん? ‥‥‥ってあたしのこと?」

「うん」

 

私は首を傾げた。

どうして突然私の話になるんだ。

 

「なんで?」

「うーん、なんでだろ。 よく分かんない。

 あ、もしかして、うちのお姉ちゃん美人なんだよー

 って絵里が自慢しまくったからかな」

「はぁ、そりゃどうも」

「うへへへぇ」

 

 

絵里はベッドから飛び降りて、

床に転がっていた携帯電話を手に取った。

 

「よーし! じゃあ明日さっそく連れてくるね!」

「明日!?」

「どうせお姉ちゃん毎日ヒマでしょ」

「う、うるさいな」

「メールしとこーっと」

 

絵里は上機嫌で携帯を開いて、画面をスクロールする。

ふっと、絵里の顔から笑みが消えた。

 

なんとなく気になって訊ねてみる。

「どうした?」

「‥‥さゆの連絡先、まだ聞いてなかった!」

ずっこけた。

 

「ま、いっかー。 どうせ明日もシフト一緒だから会うし」

絵里は笑顔で携帯を閉じると、

鼻歌を歌いながら私の部屋を出て行った。

 

 

しゃーぼんだーまーとーんーだー

 

絵里の鼻歌が遠ざかっていく。

懐かしいメロディに包まれながら、私は目を閉じた。

 

やーねーまーでーとーんーだー

 

何かが思い出せそうで思い出せない。

なぜかさっき見た夢の映像が浮かび、そして消えてゆく。

 

“屋根まで飛んで、壊れて消えた”

 

心の中でそこまで歌って、ふと思考が止まった。

この歌には続きがあったはずだ。

でも思い出せない。

 

もう寝よう。

眠いときには寝るに限る。

仰向けのまま何度か深呼吸をして、寝返りをうった。

眠りは思いのほか早く訪れた。