屋根まで飛んで

 

 

 

壊れて消えた

 

 

 

 

 

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  7月26日

今日の夕食はコロッケ。

隠し味でチーズを少し入れたら、

長女が 「いつもよりおいしい」 と言った。

うれしい。 これからは毎回入れようかな。

でも次女は気に入らなかったみたいだ。

半分以上残していた。

 

  7月27日

夫が会社の若い女の子と電話をしていた。

「いつでも相談に乗るから、何かあったら俺を頼っていいんだよ」

だって。 ばっかじゃないの。 かっこつけちゃって。

それに軽々しく自宅の電話番号教えるなよ。

 

  7月28日

娘たちと一緒に、公園へ出かけた。

初めて会うお母さんがいる。

「娘さんはおいくつですか」 と訊かれたので、

「6歳と2歳です」 と答えた。

「2歳にしては、体が小さいですね」 と、無神経な一言。

腹が立つ。

次女の成長が遅いのは、私もずっと気にしていることなのに。

 

 

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忌々しいテスト期間も今日で終わりだ。

これから4月までの2ヶ月間、長い春休みに入る。

まだまだ先があると思っていた大学生活も

気づけばあと1年しかない。

 

全体的に、手応えがあったとは言えなかった。

試験範囲の広い認知心理学はことごとくヤマを外したし、

進級のかかった比較文化論は

3問中1問を丸々白紙で出してしまった。

奇跡的に留年は免れたとしても、

来年度はかなりの単位数を取り直さなければならない。

まぁ、今までさぼってたんだから自業自得だけど。

 

 

しかし留年か。 洒落にならないな。

もともと大学に入るときにも浪人してるし、

もし留年したら、順調に進んでいる同じ年の友人たちより

2年も遅れをとってしまう。

高卒の子や短大の子たちなんか

とっくに社会に出て働いているというのに。

私ももう22だ。 4月で23になる。

親に甘えられるのも、あと1年が限界だろう。

 

ベッドにごろんと横になった。

急に眠気が襲ってくる。

ここ2〜3日、あんま寝てなかったせいかな。

もぞもぞと布団の中に潜り込んで、目を閉じた。

 

 

「お姉ちゃんただいまあああああ」

 

眠る体勢に入った途端、叩き起こされた。

ぼふっ。

体格の良い妹が、私の布団の上に飛び乗る。

 

「いってぇ! 腕、腕!」

「へ?」

「腕、踏んでる!」

「あぁ、ごめんごめん、うへへ」

 

妹の絵里は屈託のない顔でへらへら笑うと、

ベッドの上に座り直した。

 

「お姉ちゃん、あのねぇ」

「うん」

「今日バイトに新しい子入ってきたー」

「そうなんだ」

「すっごい可愛いの! 絵里の1個下でねー高3でねー、

 色白で黒髪で」

「へえ、この時期にバイトって、受験終わったのかねぇ」

「うん、推薦だからとっくに決まっちゃったんだって」

 

 

絵里はそこでひと息つくと、「さむーい」 と言って

私の布団の中に入り込んできた。

発育ばっかり良くても、こういうところは子供だな、と思う。

 

「‥‥あれぇ、あんまりあったまってなーい」

「だってあたしも今帰ってきたとこだもん」

「そっかー」

 

絵里が私の二の腕にぎゅっとしがみついた。

 

「ていうかお姉ちゃん、また痩せた?」

「うーん、そうかなぁ」

「痩せたよー、また腕細くなった」

「なんか最近疲れて食欲なかったからかも」

「いいなぁ。 絵里は疲れたら余計たくさん食べちゃうよ」

 

 

絵里は私の布団の中で、

今日あった出来事、大学での友人関係、気になる男の子の話

なんかを気の済むまで喋って、いつの間にか眠ってしまった。

 

 

年のわりに甘えんぼで危なっかしいけど、素直で可愛い妹だ。

顔も性格も似ていないとよく言われる。

が、そんなことはない。

ひたすら楽しいことを追求するところも、適当で豪快なところも、

自分が考えていることに語彙が追いつかないところも、

私たちはよく似ている。

 

まぁ私の場合、適当で豪快なのは見た目の雰囲気や仕草だけで

内面はめちゃくちゃ几帳面で神経質だけど。

私はプライドが高くて完璧主義で、わりと中に溜め込んでしまう性格

なので、実は毎日ストレスまみれなのだ。

絵里の素直さや天真爛漫さがうらやましくなる時もある。

 

 

それにしても眠い。

大学に入ったばっかの頃は、3日くらい寝なくても余裕だったのにな。

もうそんなに若くないってことか。

絵里の髪を撫でながら、私も目を閉じた。