●●●●●●●●●●
12月3日
次女が人形を使ってままごとをしている。
鏡の前に人形を座らせて、「おけしょうしましょうね」
次女が勝手に私の化粧ポーチを漁り、口紅を取り出した。
いつもの私なら、この時点で次女を叱っているだろう。
でも今日は我慢する。
私はしばらく次女の様子を見ることにする。
次女が口紅のキャップを外した。
人形の唇の部分に、それをぐりぐりと塗りつける。
ぽきり、と口紅が根元から折れた。
満を持して、私は爆発する。
「何してるの!」
次女がびくっと震え上がる。
「この口紅、高かったんだからね!
あんた殴られなきゃ分かんないの?」
私は次女を突き飛ばし、
床に倒れた次女の背中を足で小突いた。
次女が泣きながら 「ごめんなさい」 と繰り返しているけど、
私は止まらない。
必死に体を丸めて耐えている次女を、何度も蹴りつける。
最初に叱るのを我慢した、本当の理由。
それは、次女をなるべくひどく痛めつけたかったからだ。
私は、次女が口紅を折るのを待っていた。
虐待する口実が欲しかったのだ。
# # #
さゆの家のインターフォンを鳴らした。
中からぱたぱたとスリッパの音が聞こえて、
がちゃりと鍵が開けられた。
ドアの隙間から、さゆの顔が覗く。
「あ、どうも、えへへ」
「こんにちはー。 どうぞ上がって下さーい」
さゆはにっこり笑って、私を玄関に迎え入れた。
「あれ‥‥」
玄関には、男物の靴がいくつか並んでいる。
「ひとみさん? どうかしましたか?」
「えっ、いや、何でもない」
私は、家の中をきょろきょろ見回した。
我ながら子供っぽいけど、余所の家の内装というのは
どうしても気になってしまうものだ。
つるつるの廊下、真っ白なカーテン、埃ひとつない家具。
特別裕福というわけではなさそうだが、
神経質なほど隅々まで綺麗に掃除されている。
足を踏み入れるのに躊躇してしまうくらい。
「あ、階段こっちです。 さゆみの部屋、2階なんで」
さゆに案内されて階段を上がると、2つのドアが並んでいた。
右のドアには、【 さ ゆ み 】 と名前の書かれたプレートが
掛けられている。
可愛らしい飾り文字で、いかにもさゆらしかった。
左のドアには 【 り か 】 という同じようなプレート。
夢で見た名前と同じだ。
4年前に死んだという姉の部屋なのだろう。
私と目が合うと、さゆは優しく微笑んだ。
促されるまま、ドアの前に立つ。
さゆが部屋のドアを開けた。
「連れてきたよー」
は?
開け放たれたドアの前で、私は固まった。
部屋の中には4人の若い男がいて、
にやにやと私たちを見つめていた。
いや、正確には、私1人を。
「あー、これがさゆみちゃんの友達?」
「おねーさん、美人だね」
「さゆみちゃんのこと好きってほんと?」
「何? レズなの? あはは」
同時に4人から話しかけられて、私は困惑した。
何が何だか分からない。 誰だお前ら。
目の前の男たちを、上から下までざっと眺める。
むらのある汚い茶髪。 香水くさい。
胸元開けすぎ。 そのわりに体はたるんでる。
鼻くそみたいなピアス付けてる奴いるし。
こいつは腰パンしすぎて短足だ。
何だよ、こいつら。
明らかに調子乗ってる典型的なチャラ男の集団だ。
どう考えても、清楚で乙女で可憐なさゆの友達だとは思えない。
さゆは鏡台の前の椅子に腰をおろした。
化粧ポーチを漁りながら、冷めた目で私をちらりと見る。
背すじが凍りついた。
氷のように冷えきっていて、感情のない瞳だった。
‥‥私の知ってるさゆじゃない。
「じゃ、あとは任せるから」
さゆがそう言って顎で合図すると、男の1人が私の腕を掴んだ。
「あー、じゃあごめんね、おねーさん」
あっという間だった。
私は床に引きずり倒されて、男たちに取り囲まれた。
「ちょっと、何‥‥‥うわ、うそっ、やめてよ」
腕と足を押さえつけられる。
「な、なんで? やだ、さゆ助けて、あああっ」
服の裾に男の手がかかる。
「やだっ、やだよおおおおお」
必死に手足を振りほどこうと暴れたけど、
男相手に力で敵うわけがない。
「いってぇ! ちんこ蹴られたー、まじうぜぇ」
「さゆみちゃーん、この女うざいんだけど殴ってもいい?」
「好きにすればー」
「さゆみちゃーん、中出しはぁ?」
「どうぞご勝手にー」
さゆは興味なさげにそう言うと、鏡に向かって化粧直しをし始めた。
私のほうなんか1度も見ずに。
抵抗できたのは最初のうちだけだった。
服を捲られ下着を押し上げられ、素肌が晒された瞬間、
頭の中が真っ白になった。
体が硬直する。 声が出ない。
漫画やドラマなんかだとこういう時、
女の人は最後までぎゃーぎゃー喚いてるのに。
あんなの大嘘だ。
殴られるかもしれない。 何か痛いことされるかもしれない。
そう思ったら、怖くて体なんか動かない。
乱暴に体をまさぐられ、無理矢理ねじ込まれて、
恐怖は絶望に変わった。
「いっ、痛‥‥」
早く終われ早く終われ早く終われ。
もうやだ、死にたい、いっそのこと殺してほしい。
男の動きに合わせて、私の体が揺れる。
男の肩越しに見えるさゆの後ろ姿が、白くぼやけていく。
「あはは、こいつ泣いてるー」
「かわいそー」
:
:
:
すべてが終わったあと、私は虚脱状態で天井を見つめていた。
背中に張り付く床は、相変わらずひんやりと冷たい。
どうしてこんなひどいことをされるのか分からなかった。
本当にさゆなのか。
本当に、さゆがやれって言ったのか。
信じられなくて、頭の中は盛大に混乱していた。
男共は帰ったようだ。
部屋の中は私とさゆの2人きり。
さゆはベッドの上に座って、真剣に携帯電話をいじっている。
ゲームの間抜けなBGMがピコピコ鳴っていた。
「さゆ‥‥」
乾ききった喉から声を絞り出す。
返事はない。
さゆは携帯のゲームに熱中している。
具体的に何をされたかなんて、覚えていなかった。
下腹部がじんじんと痺れるように痛む。
汗がひいて肌が冷えていく。
口の中にも出されたのかもしれない。
喉の奥に、ねっとりした生臭さがこびりついている。
「‥‥さゆ‥‥」
私の声なんか聞こえてないみたいだ。
さゆは携帯の画面から視線さえ動かさない。
きっと私がいけないんだ。
何かさゆに嫌われるようなことしちゃったんだ。
ぶわっと涙がこみ上げてくる。
「ごめん、さゆぅ‥‥‥う、う、うええええん」
自分でも呆れるくらい、ガキみたいな声で私は泣いた。
無機質で無感情な部屋の空気が、私をいっそう惨めにさせる。
ゲームのBGMが危機感を煽るメロディに変わった。
「あ、まずいっ‥‥」
座っていたさゆが前のめりになり、
目を見開いて携帯の画面に顔を近づける。
「やだ、だめっ、あーーー待って待って待って、‥‥ちょ!
あ! いやーーーっ!!!」
部屋の中に、さゆの悲鳴が響きわたる。
「あぁ〜もうっ! あと少しでハイスコアだったのに!」
さゆは怒ったようにそう言うと、携帯電話をベッドに投げつけた。
さゆの視線がゆっくりと私のほうへ向けられる。
「‥‥‥あれ、ひとみさん。 まだ寝てたんですか?」
「やだなーもう、終わったらさっさと帰って下さいよ」
‥‥さゆ。
「そこにいられても困るんですけどー」
さゆ、どうして?
「もうあなたには用ないんで」
昨日、好きって言ってくれたのに。
「はー、うざーい」
さゆは大きくため息をつくと、蔑んだ目で私を見下ろした。
全部、嘘だったんだ。
‥‥そうだよね、
さゆが私のことなんか好きになるわけないもんね。
私が1人で舞い上がってただけなんだ。
バカだな、あたし。 かっこ悪。
自分が恥ずかしくて、情けなくて惨めで、私は泣きながら笑った。
さゆも私を見て笑った。