隠し味

 

 

 

 

 

舞美ちゃんは鈍い。

みんなにバカだバカだと言われてるけど、

知識の足りない雅ちゃんや知能の足りない梨沙子ちゃんとは

違う種類のバカだと思う。

舞美ちゃんは、頭の回転と知覚が鈍いだけなのだ。

 

この前、舞美ちゃんのお弁当が食べかけのまま放置されてたから、

いたずら好きの千聖がご飯に砂糖をいっぱいかけた。

『やだ、なんか甘ーい!

 ちょっとぉ、何か変なもん入れたでしょ、もう』

私たちは、この程度のリアクションを期待していた。

 

しかし、舞美ちゃんは予想の斜め上を行った。

何も気づかず、あの激マズ砂糖ご飯を食べ続けたのだ。

さすがにあれには寒気がした。

味覚が機能してないんじゃないかとさえ思った。

 

舞美ちゃんは鈍い。

自分が死んでも気づかないかもしれない。

 

 

□□□

 

 

「まいちゃん、今度は塩入れてみようよ」

千聖はそう言って、きっしっしっし、と悪戯っぽく笑った。

「えぇー、それってどうなの」

 

残念ながら、今回は少々同意しかねる。

市販の弁当のご飯なんて元々ごま塩がふりかけてあったりするし、

少しくらい塩味が効いていても、

大して違和感がないんじゃないだろうか。

それではつまらないのだ。

 

「どうせまた舞美ちゃん気づかないで食べちゃうよー」

「だから気づかないのが面白いんじゃん」

「‥‥じゃあ、どれくらい入れたら気づくのかな?」

 

私たちは考え込んだ。

この前の砂糖事件で、舞美ちゃんの舌が

危機回避能力の面から見ても全く使い物にならない

ということが分かっている。

 

「う〜ん、スプーン1杯分くらい入れたら、

 さすがに分かるんじゃない?」

「え、それくらいじゃ絶対気づかないよ!

 舞美ちゃんの味覚、予想以上にバカだし」

「じゃあ、まいちゃんはどれくらいだと思う?」

「‥‥ここは舞美ちゃんのレベルに合わせて豪快に行かないと」

 

千聖と私は賭けをすることにした。

舞美ちゃんがひとくち食べて異変に気づいたら千聖の勝ち、

気づかなければ私の勝ち。

賭けと言っても、子供らしくジュース1本という可愛らしい勝負である。

 

私には絶対の自信があった。

舞美ちゃんのバカレベルは、常に予想の斜め上を行くからだ。

 

 

□□□

 

 

今日はコンサート。

私たちは昼公演と夜公演の合間に楽屋を抜け出して、

コンビニに行った。

 

スティックシュガーならどこにでも売ってるけど、

塩の場合、小分けにされたものが無いことに気づき、

仕方ないので普通の塩1kgの袋を買った。

我ながら、幼稚な悪戯に随分とお金を使ってしまったものだ。

 

「もうちょっと歩いてスーパーまで行けば、

 500gの塩があったかもしれないのにー」

千聖はさっきから貧乏くさいことばかり言っている。

 

私はため息をついて言った。

「バカだね、遠くまで行って時間なくなっちゃったら

 元も子もないでしょ」

「もこもこ‥‥のない?」

訂正する気も起きず、私は千聖の腕を引っ張って

早足で会場へと戻った。

 

 

楽屋の中は雑然としている。

 

えりかちゃんは鏡を見ながら、真剣にメイクを直していた。

なぜ女の子は、下まつ毛にマスカラを塗る時

鼻の下が伸びてしまうのだろう。

彼女のその間抜け面は、イラン人というよりラクダに似ている。

 

愛理と栞菜はケータイ小説を読みながらキャーキャー言っていた。

小説とも言えない低俗なエロ作文の何が面白いのか、

私には理解不能である。

愛理なんかは普段利口ぶっているが、

あんなもんを読んで喜んでいるあたり、おつむの程度が

バレちまうよってなもんだ。

実に恥ずかしい。

 

その点、なっきぃはまともな文庫本を読んでいる。

眼鏡をかけて静かにページをめくる様は

おしとやかな文学少女にも思えるが、

かつて君がブースカだったことを私は忘れない。

 

 

「トイレ行ってくるー」

舞美ちゃんがそう言って席を立った。

ナイスタイミン‥‥グゥ〜!

 

しまった。

脳内とはいえ、思わず流行りの芸人の真似をしてしまった

自分が恥ずかしい。

気を取り直して、私は千聖に目配せをした。

 

彼女が楽屋を出たのを確認して、

私は素早く舞美ちゃんの分のお弁当を開ける。

「ちさと、塩!」

千聖は買ってきた塩の袋を開け、ご飯に向けてどばどばと入れる。

 

白いご飯の上には、真っ白い塩の山がこんもりと積もった。

大さじ山盛り3杯分くらいはあるだろうか。

 

さすがにこれではバレる。

私は千聖に、ご飯と塩を十分混ぜ合わせるように言った。

千聖は楽しそうにえへらえへらと笑いながら、

割り箸でご飯をぐりぐりかき混ぜている。

 

 

そろそろ帰ってくるだろうか。

舞美ちゃんのトイレは、女の子とは思えないほど早いから。

 

「ちさと、廊下見張ってて」

千聖にそう命じて、私は塩ご飯の仕上げに取りかかった。

塩が目立たないように、箸で丁寧にご飯を撫で付ける。

 

「まいちゃん、舞美ちゃん来たよ!」

廊下にいた千聖が、慌てて楽屋に飛び込んできた。

私は舞美ちゃんのお弁当に蓋をして、

そ知らぬ顔で近くの椅子に座り込む。

 

「ふー、すっきりすっきり」

舞美ちゃんはぱんぱんと腹を叩きながら椅子に座った。

もしかして、うんこだったんだろうか。

なんて速さだ。

 

 

舞美ちゃんは何の疑いも持たずにお弁当を開けると、

何の迷いもなく割り箸をご飯に突き刺した。

私と千聖は、固唾を呑んでその様子を見守る。

 

ぱくっ。

舞美ちゃんはひとくち食べて妙な顔をしたものの、

もぐもぐと咀嚼し続けている。

そして、ふたくちめのご飯を箸に取った。

 

「よしっ!」

私は思わずガッツポーズをした。

この瞬間、私の勝ちが決まったのだ。

 

「あーあ、負けちゃったー」

とか言いつつ、千聖はひーひー笑っている。

舞美ちゃんの鈍さがおかしくてたまらないようだ。

 

舞美ちゃんはお弁当を食べながら、

う〜ん、なんだか今日は喉が乾くなぁー、とか言って

水をがぶがぶ飲んでいた。

あれだけご飯が塩辛ければ当然だろう。

なんで気づかないんだ。

 

「ごちそうさまー」

舞美ちゃんは、5分でお弁当を完食した。

 

 

しかし、その直後だった。

 

舞美ちゃんが突然呻き始める。

「うぅ‥‥なんか頭が痛い‥‥」

顔色は真っ青だった。

「‥‥うっ、おええええええええええ」

次の瞬間、舞美ちゃんは大量に嘔吐した。

 

楽屋は騒然となる。

千聖は腰を抜かし、えりかちゃんは驚いて泣き出し、

愛理はマネージャーさんを呼びに楽屋を飛び出していった。

 

舞美ちゃんは床に倒れこみ、

熱い!苦しい!頭が痛い!お腹も痛い!とか喚きながら

胃の内容物を吐き続ける。

 

少し静かになったかと思うと、舞美ちゃんは体を痙攣させ、

ぐったりと動かなくなった。

 

私は何が起こったのか分からず、呆然とその場に突っ立っていた。

 

 

□□□

 

 

あとから知ったことだけど。

塩にも致死量があるんだね。

ごめん、舞美ちゃん。

 

約束通り、千聖にはジュースをおごってもらった。

 

 

 

 

 

 

 

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