黒雪姫

 

 

 

 

 

ある所に、サユミというとても可愛い女の子が住んでいました。
吸い込まれそうな漆黒の瞳、艶やかな黒髪、薔薇のように赤い唇、

そして雪のように真っ白な肌。
近所の男の子たちはみんなサユミの虜になりました。

しかし、サユミは庶民の男の子では満足できませんでした。
サユミの夢は玉の輿です。
それも、中途半端な金持ちなど眼中にありません。
サユミの最終目標は、この国の王子様を仕留めることなのです。


さて、ある日サユミはこんな噂を小耳に挟みました。
『毒りんごを食べて死ぬと王子様が迎えに来る』

頭の良いサユミは名案を思いつきました。
せっかく王子様が迎えに来ても、

自分が死んでしまっては意味がありません。
それなら、王子様が来たところで生き返ってしまえばいいのです。

 

 

サユミは知り合いの魔女の棲み家へ出向きました。

「ミキ様ミキ様、どうかサユミに都合のいい毒りんごを下さい」
「は? タダじゃやらねーぞ」
「分かってます」

もちろん魔女の弱点など事前に調査済みです。
サユミは、ポケットから大きなはさみを取り出しました。

「見返りはこれです、ミキ様」
サユミはそう言って、

腰まであった美しい黒髪を肩の所でばっさりと切りました。
「おぉっ」

サユミがその髪の毛の束を手渡すと、魔女はたいへん喜びました。

「やったぁ! やったぁ! これで新しいカツラが作れるぞー!」
そうです、魔女は薄毛に悩んでいたのです。

 

 

気を良くした魔女は、

サユミのために素敵な毒りんごを作ってくれました。

その毒りんごを食べると心臓も呼吸も止まり、仮死状態になります。
傍目からは死んだように見えますが、

実は本人は至って健康、意識もあるのです。
そして、自分の好きなタイミングで毒りんごを吐き出せば

都合よく生き返ることができるという、なかなか便利な代物です。


家に帰ったサユミは、さっそく毒りんごを豪快にひとくちかじりました。
「うっ!?」
サユミは突然苦しみ出し、ぱたりと倒れて動かなくなりました。

 

 

 

 

 

 

今日はお葬式。
サユミの家族や友達がすすり泣く声が聞こえます。

一方、サユミは棺の中で退屈さと戦っていました。
(お葬式ってつまんないなぁ。 寝たふりしてるのって意外と疲れるし)


サユミの遺体は白い棺の中で、色とりどりの花に包まれています。
静かに眠っているサユミの顔はこの上なく可憐で、

参列者たちはその美しさに思わず息を呑みました。

(それにしても、こんなに可愛い女の子が死ぬなんて

 国家レベルの損失だよね。 ま、死んでないけど)


もうすぐお葬式が終わるようです。
周囲のすすり泣きの声がいっそう大きくなりました。

(あーあ、早く王子様が迎えに来ないかなぁ。

 このままじゃサユミ火葬されちゃうよ)

 

 

その時です。
静かに、そして厳かに、式場の扉が開けられました。
優雅な身のこなしで入ってきたその人物を見て、人々はざわめきます。

(こ、これはもしかして‥‥)

静まり返った式場に、落ち着いた上品な声が響き渡りました。
「その娘、私が貰い受けよう」

(きたあああああああ!!!)


すべてサユミの狙い通りでした。
美少女が毒りんごを食べて死んだとの噂を聞きつけた王子様が、

満を持してサユミを迎えに来たのです。

サユミは小さくガッツポーズをしました。
この国の王子であるアイ様は、容姿端麗、頭脳明晰、剣の腕も確かで、

国民の憧れの存在です。

(ふふふ、究極の勝ち組とはサユミのことね‥‥)
サユミは棺の中でほくそ笑みました。

 

 

サユミのお母さんがおそるおそる言いました。
「いえ、アイ様、あの‥‥誠に恐縮ではございますが、

 娘はもう死んでおりますので」

(あぁ! お母さんのバカ! 娘の幸せを握りつぶす気?)


王子様が首を振って言いました。
「いや、こんなに美しい娘さんがこのまま焼かれて骨になるのを

 黙って見ているわけにはいかない。 私はサユミが欲しいのだ。

 誰が何と言おうと、私は彼女を連れて行く」

(よしっ! グッジョブ王子!)

アイ王子がそこまで言うなら、ということで

サユミの両親はそれを承諾しました。


サユミの棺に蓋がされました。
王子様の家来がサユミの棺を持ち上げます。

サユミは棺の中で、笑い出したくなるのを必死で我慢していました。
(この〜ニヤニヤはっ、 なぜ〜止まーらーない〜♪)
心の中で流行りの歌を歌いつつ、

サユミは王の城へと運ばれていきます。

真っ暗な棺の中でゆらゆら揺られながら、

サユミはいつの間にか眠りに落ちていました。

 

 

 

 

‥‥ガタン、ゴトッ。
(ふごっ!?)
棺が地面に置かれた衝撃で、サユミは目を覚ましました。
(もう! もっと大事に扱いなさいよ! 未来の王妃サユミ様を)


棺の蓋が開けられました。

王子様はサユミの顔を覗き込んで、感嘆の声を上げます。
「おぉ、なんと美しい‥‥」
王子様はサユミの白い頬をそっと撫でました。


(フッ、そろそろね‥‥)
ただ生き返るだけでは面白くありません。
ロマンチックなシチュエーションを演出するために、

サユミはタイミングを見計らっています。
(アイ王子が私にキスした瞬間、サユミはゆっくりと目を覚ますのよ)

 

 

頬を撫でていた王子様の手が止まりました。
(よし、来るぞ来るぞ‥‥)
王子様の息遣いがはっきりと聞こえます。
(来たっ!!!)
そして王子様は、サユミに深い口づけをしました。

(あぁ‥‥なんて素晴らしいんでしょう)
サユミにとって初めてのキスでした。
その甘美な柔らかい感触に、サユミはうっとりと浸っています。
(‥‥っと、いけない、いけない。 早く生き返らなくちゃ)


そして王子様の唇が離れた瞬間、
「ぐぼっ」
サユミは毒りんごのかけらを吐き出しました。

「うわっ!!」
王子様が驚いて飛び上がります。

サユミはゆっくりと目をひらきました。

 

 

王子様は愕然とした表情で、わなわなと震えています。

サユミは棺に横たわったまま、わざとらしい演技で言いました。
「あら‥‥サユミどうしてこんな所にいるのかしら」


その時です。
王子様が急にぷいっとそっぽを向いて言いました。

「帰れ。 お前に用はない」

サユミは耳を疑いました。
「‥‥え?」

王子様は明らかに落胆しています。
家来たちも、気まずそうに顔を見合わせています。
「ど、どうして‥‥」
サユミは震える声でそう言うのが精一杯でした。


王子様は不機嫌そうに舌打ちをして、サユミを見下ろします。
「私は生きている女に興味はない」

 

 

サユミは震えながら恐る恐る上半身を起こし、

薄暗い部屋の中を見回しました。

「ひぃっ」


奇妙な色の液体に満たされた、たくさんの大きなガラス瓶。
その中には無数の美少女たちが、

死んだ時のままの姿で保存されていました。

 

 

 

 

 

 

 

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