看板
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。
昔の人は、美しい女性のことをそんなふうに形容したという。
嗣永桃子、15歳。
現代に生きる私に、そんな古臭い花は似合わない。
立てばコスモス、座ればタンポポ、歩く姿はチューリップ。
可憐で愛らしい私にぴったりの例えである。
私は帰路を急いでいた。
小指をピンと立て、お尻をぷりぷりと振りながら、
人けのない静かな通学路を早足で歩く。
たとえ周囲に誰もいなくても、女の子は常に可愛らしい姿を
意識せねばならない。
美を追求するのなら、決して手を抜かないことだ。
ふと、何かピンク色の物体が視界に入った。
ピンクというのはこの世で1番可愛い色だ。
女の子は、可愛いものに対するレーダーを常に張りめぐらせて
いなければならない。
立ち止まってそのピンクの正体を探す。
それは、たった今通り過ぎた通学路の脇の空き地にあった。
荒れ果てて草むらと化した空き地の真ん中に、
不自然なほど新しいピンク色の看板がぽつんと立っている。
あれは何だろう。
何か字が書いてあるのだが、小さくて読めない。
私は好奇心につられてフェンスを乗り越え、
その空き地に足を踏み入れた。
あぁ、かゆい。
膝まで伸びた雑草が、剥き出しの足をちくちくと刺激する。
やはり字は見えない。
私はピンク色の看板に向かって、草むらの中を進む。
ピンクの中央に書かれた黒い小さな字が
だんだんはっきりと見えてきた。
私は目を細めながら、看板に近づいていく。
その看板にはこう書かれていた。
『危険! 近づくな! 周辺に犬のうんこ有り』
近づかなきゃ読めねーよ!!!
―――そんな叫びは誰にも届くことはなく、私の足は
力強くうんこを踏みしめていた。