疾風モダンガール

 

 

 

 

 

「ガキさんガキさん」

「何ですか」

「逃げるぞ」

 

「は? ‥‥‥あ、ちょ、ちょっとひとみさん!!」

 

私が聞き返そうと後ろを振り向いた時、

ひとみさんはもうそこにはいなかった。

着物の裾を鮮やかに翻し、

廊下を滑るように駆け抜けていくところだった。

 

私も走って追いかけようとしたけど、

「あー! もう! 待ってくださいよううううおおおっとっとっと」

慣れない着物の裾を踏んづけてすっ転んだ。

 

「あたっ!」

床に打ちつけた膝の皿がびりびり痺れる。

 

私は半泣きで叫んだ。

「旦那様ー! 奥様ー! ひとみさんが逃げましたー!」

 

 

ёёё

 

 

それにしても、今日は散々な目に合った。

 

だいたい、こうなることは初めから分かっていたのだ。

あの自由人ひとみさんが、

おとなしくお見合いなんてするわけがない。

 

 

一昨年、明治天皇が崩御された。

長く続いた明治時代も終わり、年号も大正に変わっている。

都心部では、民主主義や女性参政権を訴える女性の団体も

あると聞く。

 

明治時代に革新的に進んだ近代化は、未だ止まる気配はない。

日本は目まぐるしく変わっていく。

あくまでも外面的な近代化だった明治、

内面的な革命の始まる大正、というところか。

これからの時代、

ひとみさんのような自由な女性が先進的なのかもしれない。

 

 

お見合いのお相手は、どこかの財閥の御曹司だった。

見た目はひ弱そうな坊ちゃんだけど、

特に器量が悪いわけではないし地位や財産も約束されている。

こんな良い縁談を自ら放り出すなんて。

本当にひとみさんの考えていることは分からない。

 

 

ひとみさんは当日の朝まで、嫌だ嫌だとごねていた。

旦那様や奥様がいくら言っても聞かないのだ。

 

「ひとみ、自分の年齢を考えてみなさい。

 同じ年の人たちはもうとっくに結婚しているでしょう。

 あなたの年で、もう子供が4人もいる人だっているのよ」

「うるさい。 あたしは結婚なんかしたくない」

「もう適齢期は過ぎてるのよ。

 あなた行き遅れてる自覚あるの?」

「ないね」

 

ひとみさんはそう言い捨てると、畳の上にどかっと腰を下ろした。

 

「すぐってわけじゃないでしょう。

 せっかくの紹介なんだから、お見合いだけでも」

「それが息苦しいんだよ」

「ちょっと会ってみるだけでいいのよ」

「絶対やだね! どうしても行かなきゃいけないって言うなら

 相手の坊ちゃんの前で料理食べこぼしてあぐらかいて

 鼻ほじってやる」

「まぁ、下品だこと」

「鼻くそ食ってやってもいいぜ」

「‥‥ひとみったら」

 

まるで子供だ。

見かねた私は仲裁に入った。

 

「ひとみさん、絶対に結婚しなきゃいけないってわけじゃ

 ありませんよ」

「ふん、どうだか」

「嫌だったらお断りすればいいんですから」

「断ったら怒るくせにー」

「ほら、旦那様の顔を立てるつもりで、

 お会いするだけでもなんとか」

 

ひとみさんはしばらく頬を膨らませていたが、

急に私の顔を見て、にんまりと笑った。

嫌な予感がした。

 

「じゃあ、ガキさんも一緒に行くなら、行ってあげてもいいよ」

 

奥様が呆れてため息をついた。

「もう、ひとみも子供じゃないんだから。

 お見合いの席にお手伝いさんを連れていくわけには

 いきませんよ」

 

 

 

       ∩

     ⊂⌒(  _, ,_)  ……

       `ヽ_つ ⊂ノ

 

 

    〃〃∩  _, ,_

     ⊂⌒(0`〜´)  やだやだ!

       `ヽ_つ ⊂ノ

     ジタバタ

 

         、, ,_

     〃〃(`〜´0∩  ガキさんも一緒じゃなきゃやだやだやだ!

        ⊂    (

   ジタバタ   ヽ∩ つ

 

 

       ∩

     ⊂⌒(  _, ,_)  ガキさんが行かないならひーちゃんも行かない

       `ヽ_つ ⊂ノ

 

 

 

いい年して、よくこんな恥ずかしげもなく

駄々をこねられるものだ。

20歳をとっくに越えた娘の捨て身の懇願に、

旦那様と奥様も折れたようだった。

 

「新垣、悪いけど今日、ついてきてくれないかしら」

「‥‥お供致します、ご迷惑にならぬよう」

 

 

お見合いの場所は、有名な箱根の料亭だ。

私たちはお座敷に通されて、

相手方の到着を待つことになった。

 

吉澤家の血筋でもない単なる使用人の私が、

こんな所にいて良いのだろうか。

居心地が悪くて仕方ない。 というか帰りたい。

母の形見の一張羅も、ひとみさんの艶やかな振袖と並ぶと

なんだかみすぼらしく見えて悲しくなった。

 

居心地が悪いのはひとみさんも同じらしい。

綺麗に着付けられた着物の帯が苦しいのか、

何度もそれを緩めようとして奥様に叱られていた。

 

 

不定期に嫌な沈黙が流れる。

カコーン。

料亭の外の日本庭園で、ししおどしの音が軽快に響いた。

 

ああ、もう嫌だ。 さっさと帰りたい。

なぜ私ごときがこんな場違いな所でかしこまっているのだろう。

というか、なぜ私が無駄に神経をすり減らさねばならないのか。

すべての理由、いや元凶は1人の人間の存在である。

全部ひとみさんのせいだ。

 

ひとみさんもしばらくの間は行儀よく正座をしていたが、

次第に足の指をむずむず動かし始めた。

 

「あー、便所行きてぇ」

 

私は心の中でずっこけた。

この人は相変わらず、

場の雰囲気をぶち壊すことにかけては天才的だ。

 

それくらい我慢しなさい、と旦那様がおっしゃると、

ひとみさんは答えた。

「じゃあここで漏らす」

ひとみさんならやりかねない。

 

「‥‥新垣、厠まで一緒に行ってやりなさい」

「かしこまりました」

 

 

―――というわけで、その顛末があれだ。

 

厠へ続く長い廊下を歩いている間に、

ひとみさんは逃げ出してしまった。

私は転んで膝をしこたま床に打ちつけ、悶絶した。

 

お可哀相に、旦那様と奥様は

その後到着した相手方に平謝りしていた。

そして私もひとみさんをみすみす取り逃がしたとして叱られ、

一緒に相手方に謝罪するはめになったのだ。

 

ひとみさんの尻拭いをするのはいつも私だ。

最初から分かっていた。

お見合いに私を連れていきたがったのは、

自分が逃げたときに、両親の怒りの矛先を少しでも自分から

そらすためだ。

 

使用人として吉澤家で働き始めてから早7年。

私はいつまであの自分勝手なお嬢様に

振り回され続けるのだろうか。

 

 

ёёё

 

 

「ガキさんガキさん」

「何ですか」

「サッカーしようぜ」

「は‥‥作歌ですか?」

 

いつの間にそんな風流な人間になったのだろう。

私の知る限り、ひとみさんはそういった風情を理解できるほど

高尚な人間ではない。

実際、何年か前に短歌と俳句を習っていたが、

ひとみさんは季語も字数も無視して下品な歌ばかり作り、

先生に呆れられていた。

 

 

 

     ∋oノハヽ

      (0´〜`)  うんこがね

       ハ∨/^ヽ     出そうで出ない

      ノ::[三ノ *:.'、       お年頃

      i)、_;|*く;:. : :.ノ

       |!: *":T~

       ハ、__|

  \                     /

   ヽ――――――――○――――'

               O

          ノノハヽ o

         ( ;・e・)

          ( ∽)

          ∪∪

 

 

 

「ばーか違うよ、サッカーだよサッカー」

「何ですか、それ」

「平安時代で言う蹴鞠みたいなもんだ」

 

平安時代の話をされてもよく分からないが、

どうやら鞠を使う遊びのようだ。

「いいですよ、やりましょう」

私がそう言うと、ひとみさんはぱぁっと顔を輝かせた。

 

「よしっ! じゃあガキさんそこに立ってて!」

 

言われた通り、私は塀を背にして立った。

ひとみさんは私を四角く囲むように、

拾った小石で塀にがりがりと線を書いている。

 

 

 

__________________

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|::_::|:::_::::_::|:::_::::_::|:::_::::_::|:::_::::_::|:: ガリガリ :::_::|:::_

|:::_::::_::|:┏━━━━━━━━┓:::_::::_::|:::_::::_::

|::_::|:::_:::┃:::_:::::ノハ ≡ ノハヽ:_::|:┃::ノノハヽ:|:::_

|:::_::::_::|:┃::_::|:(・e・ 三 ・e・):_::::⊂(´〜`0)::_::

|::_::|:::_:::┃:::_::::_::|:( つと )_:::_::|:::_::::_ヽ し ヽ::_

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ∪ ∪ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∪ ∪ ̄

 

 

 

 

     ノノハヽ  じゃああたしが蹴るから

    (0´〜`)   その線の中に入ったらガキさんの負けね

     ( つ○

     ∪∪

 

 

 

      ?

   ┏━ ノノハヽ  とりあえず

   ┃  (・e・ ) 止めればいいんですね

   ┃  ⊂ ⊂ |    ┃

   ┃   しヽJ    ┃

 

 

 

 

     ノノハヽ

    (0´〜`) 行くよー

     U   )

     ∪∪○

 

 

 

 

      ノノハヽ

      (0`〜´) えい

     ⊂ ⊂ノ

      (_つ ☆  ‐−=≡○

       し

 

 

 

 

   ┏━━━_, 、_━━━┓

   ┃    ( ・e・ )    .┃

   ┃    ⊂   ⊃   .┃

   ┃    し⌒J    ┃

        ○

        lll

.        ll

         l

 

 

               ○

              //

             //

        、ヽ)ノ  ,`・;’ボグッ!!!

   ┏━⊂、ヽ 。e゜)・゚;´ ≡ ≡ = = - -

   ┃   `ヽ  ヽつ ┃

   ┃    ノ   ノ   ┃

   ┃    し'⌒J   .┃

 

 

 

視界が反転し、眼前に青い空が広がった。

頭の中で、赤と白と黄色の星がチカチカと瞬いている。

自分の身に何が起こったのか、しばらく理解できなかった。

 

「あー、止められちゃったー。 ガキさんの勝ちだね」

ひとみさんの残念そうな声が聞こえた。

 

え? 何? 何言ってんの?

ふざけんな、私はそれどころじゃないよ。

顔が痛い。 ほっぺたの筋肉がビリバリ痺れている。

なぜこんな仕打ちまで受けなきゃいけないんだ。

 

何か言い返そうと思って、私は体を起こした。

つーーー。

生ぬるいものが鼻の奥から流れ出る。

 

「うわっ、ガキさん鼻血出てる! あっはっはー、カッケー」

 

思わず鼻の下に当てた手のひらを見ると、

真っ赤な血がべっとりと付いていた。

怒りが湧き上がる。

何がカッケーのか分からないし、少しは私の心配をしろ。

 

私はくらくらしながら立ち上がった。

 

「ちょっとひとみさん、流血させといて謝罪もなしですか」

「え? あーごめんごめん、鼻血くらいで騒ぐなよ。

 あたしだってよく出すし」

「あんたの鼻血はスケベなこと考えて出るやつでしょうが!」

「あっ、ガキさん今あたしのことアンタって言った!」

「悪いか!」

「いっけないんだー、お父さんに言いつけてやる」

 

もう限界だ。

頭の中で何かが爆発する。

私は、転がっていた鞠をひとみさんに思いっきり投げつけて叫んだ。

 

「いいかげんにして下さい!

 あなたのわがままに付き合うのはもうたくさんです!

 いちいち振り回される私の身にもなって下さい!」

 

 

ひとみさんは、びっくりしたような顔で私を見つめていた。

私はひとみさんを睨み返す。

 

―――あとから思い返してみれば、

鼻血を垂れ流しながらガンをつける私の顔は

さぞかし滑稽だったことだろう。

 

ひとみさんはしゅんとして俯いた。

そして足元に転がった鞠を拾うと、

とぼとぼと向こうへ歩いていってしまった。

淋しそうな背中だった。

 

 

ёёё

 

 

ひとみさんが失踪したのは、その日の午後だった。

 

というより、私が見た彼女の姿が最後だったのだ。

ひとみさんは夕食に現れず、その時は旦那様たちも

いつものことだと気にも留めていなかったのだが、

翌朝になっても帰ってこないので騒ぎ始めた。

 

「私のせいだわ。

 この前、無理にお見合いなんかさせようとしたから」

「お前のせいじゃない。

 大体ひとみは相手に会う前に逃げたんだから、見合い自体

 成立してないじゃないか」

「いいえ、普段からうるさく言いすぎたのよ。

 それでうんざりしちゃったんだわ」

「もうほっとけ。 その程度ならすぐ帰ってくるだろ」

「あなた、自分の娘が心配じゃないの?

 どこかで野垂れ死んでるかもしれないのよ」

 

旦那様と奥様は言い争いを始め、

私たち使用人はただおろおろするばかりだ。

 

 

違う。 奥様のせいじゃない。

ひとみさんがいなくなったのは私のせいだ。

ひとみさんは私に、

ただ新しい遊びの相手をしてほしかっただけなのだ。

顔に鞠をぶつけたのも悪気があったわけじゃない。

それなのに私がブチ切れたから、傷ついてしまったのだ。

 

だいたい、使用人が主人のわがままを聞くのは

当然のことじゃないか。

なんて身の程知らずなことを言ってしまったのだろう。

私は使用人失格だ。

 

「とりあえずあと1日待ってみよう。

 それで帰ってこなければ捜索願を出す」

旦那様がそう言って、ひとまずその場は落ち着いた。

 

 

ёёё

 

 

┌───────────────┐

│                       │

│ お嬢様の失踪は私のせいです。  |

│ 申し訳ございません。          │

│ お嬢様を見つけるまで、家には  │

│ 戻りません。              .|

│              新垣里沙  │

└───────────────┘

 

 

書き置きを残して、私は吉澤家から抜け出した。

 

ひとみさんが消息を絶ってから、今日で1週間。

一応警察にも依頼してあるが、ありふれた若い女の失踪など

まともに捜索しているとは思えない。

こうなったら私が自力で探すしかない。

 

 

あてもなく町を彷徨う。

 

近所の中澤さんの家を通りがかった。

先週、顔に鞠をぶつけられたのはここの塀だ。

ていうか塀に落書きしちゃってたけど、またバレてないよね。

落書きしたの私じゃないけど。

 

蛇に遭遇して気絶したひとみさんを背負って歩いた一本道。

ひとみさんに無理矢理連れていかれて男の子と野球をした空き地。

(ひとみさんが)何度も窓ガラスを割って、

(私が)怒られた保田さんの家。

 

ひとみさんにお菓子をおごってもらった駄菓子屋。

初めて煙草を買ったタバコ屋。

ひとみさんと一緒に吸ってみたけど、2人ともえらくむせて

煙草は一生吸わないと誓ったっけ。

 

見渡せば、町の中はひとみさんとの思い出だらけだ。

感傷に浸るには十分だった。

 

 

つい、昔のことを思い出す。

ひとみさんと初めて会ったのは、私がまだ12歳の時だった。

 

貧しかった家計を支えるため、私は奉公に出されることになった。

奉公先で主人にいびられたり辛い目に遭うことも多いと

聞いていたので、最初のうちは

私もかなりびくびくしていた覚えがある。

 

幸い、吉澤家の人はみんな優しい人だった。

金持ちの余裕ってやつだろうか。

 

ひとみさんは当時女学校に通っていて、

私と会った時はセーラー服を着ていた。

女学校なんか、長のつく家の娘しか行けない所だ。

社長さんとか村長さんとか局長さんとか。

憧れのセーラー服は清楚で可憐で洗練されていて、

私にはとても眩しく見えた。

 

「あ、あの、今日から奉公に来た新垣里沙です」

「そっかー、頑張ってね」

「はいっ、よろしくお願いします、お嬢様」

「えっ、やだ! おじょーさまとか気色悪いんだけど」

「では何とお呼びすれば‥‥」

「ひーちゃんでいいよひーちゃんで」

 

ひとみさんは紺のプリーツスカートを揺らして、にひひと笑った。

飾らず、媚びず、鼻にかけず。

ひとみさんは最初からそういう人だった。

 

さすがにどう頑張っても“ひーちゃん”は無理だったので、

呼称は結局“ひとみさん”に落ち着いたけど。

 

 

道が少しひらけて、舗装された大通りに出た。

 

この辺りは金持ちが多いと聞く。 庄屋、米屋、酒屋、高利貸し。

両脇に並ぶ建物も、豪奢で威厳たっぷりなものばかりだ。

吉澤家もあの近隣ではかなり裕福なほうだが、

この辺りの名士たちは格が違う。

 

 

そういえば、そこの酒蔵に忍び込んで日本酒を1本

拝借してきたこともあった。

5年くらい前だったか。

私はやめようと言ったのだが、

ひとみさんはどうしても酒の味が知りたかったらしい。

 

「もうひとみさん、これ立派なこそ泥ですよ」

「うるさい。 だって今、店閉まってんだもん」

「深夜なんだから当然でしょ。

 普通に昼間買えばいいじゃないですか‥‥」

 

思いつきで犯罪に手を染めるお嬢様に辟易しながら、

私は鼻の下で結んでいた手ぬぐいをほどいた。

(有無を言わさず私も共犯にさせられたのだ)

 

「だいたいお父さんはいっつも美味しそうに飲んでるのに、

 なんであたしは飲んじゃだめなのっつう話」

「ひとみさんが酔っ払ったらどうなるのか、

 考えただけで恐ろしいですよ」

「一口二口で酔うわけねえべー」

「そうですかねぇ」

「もし酔っちゃったら、ガキさんあとはよろしく」

「勘弁して下さいよ‥‥」

 

ひとみさんは瓶の蓋を開けると、爽やかに言った。

「よっしゃ! クイッと行こう、クイッと」

豪快に一升瓶を口につけ、ひとみさんの喉がこくりと上下した。

 

 

 

 

 

 

 

      ノノハヽ      ノノハヽ

     ( ;・e・)     (´Д`;0) だばぁーーーーー

     ( つつ     ノ !i;!i ノヽ

      ∪∪        !':i く く

 

 

 

「ちょ、きたな‥‥出すならもっとお行儀よく出しましょうよ」

「何なんだよこれ、全然おいしくないじゃーん」

「ほら、口の周り拭いて下さい」

「うわーん苦いよまずいよくさいよー、喉がぽかぽかするよー」

 

ぶふっ。

涙目で喉をかきむしる当時のひとみさんを思い出して、

つい笑ってしまった。

なつかしいな。

あのひとみさんにとっても、初めての酒はやっぱり強烈だったのだ。

今ではすっかり大酒飲みだけど。

 

 

人力車とすれ違って、また色々と思い出す。

―――この地域に人力車が普及し始めた頃だった。

初めてそれを見たらしいひとみさんは

「カッケー!」 と目を輝かせて、

いつの間にか姿を消してしまった。

私が必死になって探し回っていると、

「よっ、ガキさん。 乗る?」

思いっきり車夫の格好をしたひとみさんが、人力車を引いていた。

 

銭湯の前を通る。

一緒にここに来た時、ひとみさんは周りの迷惑を省みず

「っしゃーーーー!!!」 とか叫びながら、

助走をつけて湯船に飛び込んでたっけ。

先客のばあさんに叱られて、

ひとみさんはスッポンポンでしゅんとしていた。

 

川辺の土手を歩く。

この川で私が深みにはまって溺れかけた時、

ひとみさんが助けてくれたんだ。

銭湯で鍛えた飛び込みとクロールが役に立った、と言って

ひとみさんは笑っていた。

 

 

涙が滲んできた。

 

私の1番の仲良しはひとみさんだったのだ。

お嬢様とか使用人とか関係なく、私たちは友達だった。

なぜあんなことを言ってしまったのだろう。

どんなに振り回されようと、

私はバカで自由なひとみさんが大好きだったのに。

 

「うぅー」

こらえきれずに、涙が溢れた。

 

ひとみさんごめんなさい。

お願いだから帰ってきて。

また私と一緒に遊んで下さいよ。

また中澤さんちの塀でさっかーしましょうよ。

今度はちゃんとよけますから。

 

 

鼻をぐすぐす鳴らしながら、私はあてもなく歩き続ける。

もう日は暮れかかり、あぜ道は夕日でみかん色に染まっていた。

 

 

その時だった。

 

「じゃああたしが蹴るから、愛理ちゃんはそれ止めてね」

 

どこからか聞き慣れた声が聞こえて、はっとして立ち止まった。

え‥‥今のってまさか。

私はきょろきょろと辺りを見回した。

 

「行くよー」

 

ま、まずい。

私の脳内で危険信号が点滅している。

この展開、どこかで‥‥

 

 

 

 

 

.                                        ノノハヽ

   ┏━ ノノハヽo∈ ━━┓                     煤i・e・ )

   ┃  (・ v ・`州    .┃                     └(  )┐

   ┃  ⊂ ⊂ |      ┃                       /  〉

   ┃    しヽJ.      ┃

 

 

 

 

 

 

   ┏━━ ノノノハヽo∈━┓  ちょーっと待ったあああ!!!

   ┃   リ´・ v ・`リ   ┃

   ┃   ⊂   ⊃   ┃  ノノハヽ ≡≡

   ┃.    し⌒J     .┃⊂(・e・;⊂⌒_つ ≡≡彡

                          ズザ―――ッ

 

.      ノノハヽ

      (   0)

.      (   U

       ∪∪○

 

 

 

 

 

塀を背にして立っていた女の子は目を白黒させている。

寸でのところで、2人目の被害者を出さずに済んだようだ。

 

「あれ、ガキさんじゃん。 どうしたの」

当の本人ひとみさんは、きょとんとして私を見ていた。

「ちょ‥‥どうしたもこうしたもないですよ!

 一体全体、何やってんですか!」

 

今まさに被害に遭おうとしていた女の子が、

ひとみさんの服の裾を引っ張った。

「吉澤、このひと誰?」

は? よ、吉澤? なぜ呼び捨てに‥‥

 

「あたしの友達のガキさんだよ」

「ふーん、そうなんだ。

 がきさんこんにちは。 鈴木愛理です」

 

何? この子こそ誰なんだ。

見たところ、14〜15歳くらいだろうか。

私はひとみさんに詰め寄った。

 

「ちょっとこれどういうことですか」

「今ねぇ、愛理ちゃんのとこで働いてんの」

「は?」

「だってガキさんが、私の身にもなれって言うから」

 

 

ёёё

 

 

語彙の少ないひとみさんの説明では要領を得ないので、

その後の会話は割愛する。

 

どうやらひとみさんは、使用人である私の気持ちを理解するために、

自分も使用人になろうと考えたようだった。

そこで、町1番の地主である鈴木家に雇ってもらったらしい。

別に何をしようと勝手だが、

なぜ家に連絡するところまで頭が回らないのか。

 

 

それにしても危機一髪だったな。

あと少しで、地主の娘に怪我をさせるところだった。

本当に危なっかしい人である。

 

やっぱり私がいないとだめなのだ。

私がついていないと、

ひとみさんは何をしでかすか分かったもんじゃない。

せめて結婚するまでは私が面倒みてあげなきゃ。

 

 

愛理ちゃんにさよならを言って、

ひとみさんと並んで川辺の土手を歩く。

2人きりで歩くのは随分久しぶりな気がした。

 

私の気も知らないで、ひとみさんはご機嫌で鼻歌を歌っている。

まったく幸せな人だ。

旦那様と奥様には、何て報告しようかな。

 

夕焼けのみかん色は、さっきより濃くなっていた。

 

 

「ガキさんガキさん」

「何ですか」

「ドッジボールしようぜ」

 

 

 

 

 

 

 

          ノノハヽ

         (0´〜`)

         / つノノハヽ

        (  ( ;・e・)

         し( O┬O

      ≡ ◎-ヽJ┴◎

 

 

 

 

 

 

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       (´〜`0Lノ ≡        ノノハヽ

     m=○=mノ)  ≡       (・e・; )

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                       ミ三三彡

 

 

 

 

 

 

 

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