ミッツィルとコハーテル

 

 

 

 

 

ハロープロジェクトは倒産の危機に瀕していた。
新ユニットはことごとく失敗し、

どんなに宣伝費をかけてもCDは売れず、

どんなに布面積を小さくしても

写真集の売り上げは伸び悩んでいる。
度重なるメンバーの不祥事でファンからも見限られ、

数十人のメンバーを養っていく力は、もはやハロプロには

残っていなかった。


ピコーン!
「今こそリストラや! いらない奴らを捨ててまえばええんや!」

つんく♂先生のナイスアイディアは速やかに採用された。
事務所に不要と判断されたハロプロメンバーは

富士の樹海に連れて行かれ、置き去りにされてしまうのだ。
推されてもなかなか芽が出ないメンバー、

すでに枯れてしまったメンバーなどがその対象となる。

その斬新な政策は

“姥捨て山”にちなんで“娘。捨て森”と呼ばれた。
語呂が悪い。

 

 

 

 

久住小春(15)と光井愛佳(14)は、深い森の中で

寒さに震えていた。
日も暮れて辺りは薄暗くなり、さらに不気味さを増している。

「寒いっ! なんで小春がこんな寒い思いしなきゃいけないの?

 超ムカつく」
「少しは我慢しましょうよ」
「なんでみっつぃーそんなに平気そうなのー?」
「こんなこともあろうかと、厚着してきましたから」
「何それムカつく! そのコートちょうだい」
「えー、嫌ですよぉ。 ‥‥ちょ、ちょっと引っ張らんといて下さい」


光井は古い木の切り株に腰掛けた。
久住はその周囲をうろうろと歩き回っている。

「それにしても暗くなってきたなー。 マネージャーさん遅いね」
「はぁ」
「ここで待ってろって言ってどっか行ったきり、

 もう30分も戻ってこないし」
「‥‥もしかして先輩、気づいてへんのですか?」
「へ? 何に?」

 

光井は呆れた表情で言った。
「私たち、捨てられたんですよ」
「は!?」


久住は目を見開いて一瞬フリーズし、すぐにわめき始めた。

「うそー! うそうそ、絶対うそ! そんなわけないじゃん」
「いえ、残念ながら‥‥」
「だってだって、みっつぃーはともかく、

 この小春がリストラされるわけないじゃん」
「失礼な」

「だって小春、ハロプロの救世主だよ?

 今ハロプロで1番、乗りに乗ってる小春だよ?」
「調子にも乗ってますよね」
「死ね」
「すんません」
「だって絶対おかしいよ!

 この大人気の美少女小春が捨てられるわけないじゃん、
 不人気ブチャイクのみっつぃーはともかく」
「しつこいですよ、さっきから」

 

 

「ありえない! 小春を捨てたりしたら事務所は大損害なのに!

 なんでなんで? なんで小春なのー?」
「金かけてるわりに好感度上がらないからじゃないですかね」
「うるさい」
「アンチも多いですし」
「お前に言われたくねーよ」
「歯茎も出てますし」
「アゴは黙ってろ」


すると光井はため息をついて立ち上がり、

思いがけないことを言った。
「さて、じゃあそろそろ帰りますか」
「へ?」

 

久住は目を白黒させて光井の顔を見た。
「いきなり何言い出してんの? 意味分かんなーい。

 ていうかこんな樹海から簡単に抜け出せるわけないじゃん、

 バカじゃないの。 下手に動いて迷子になって、

 さらに深みにはまっちゃったらどうすんの?

 やだぁ、小春死にたくなーい!」

 

意外と現実的である。
まくしたてる久住の言葉を遮るように、光井が言った。
「ヘンゼルとグレーテルの話、知ってます?」


「‥‥もしかして」
「ここに来るまで、気づかれないように白い石を落としながら

 歩いてきたんです」

久住は光井の指差すほうを見た。
「おおっ」
枯葉の積もった地面の上に、月明かりを反射して白く光る石が

点々と置かれている。
「あれを目印に歩いていけば、この森から出られるはずですよ」

 

 

「やるねぇ、みっつぃー。 あったまいいー」
「それほどでも」
「人間、誰でも1つは取り柄があるもんだねぇ」
「先輩こそ、顔以外に何か取り柄があるんですか」
「なにぃ!? 小春だって頭いいもん!

 ていうか小春のほうが性格いいし人気あるしスタイルもいいし」
「鶏肉食べると胸大きくなりますよ」
「うるさいうるさいっ」


久住と光井は白い石を目印に樹海の中を進み、無事に抜け出した。

都内の事務所に戻ると、マネージャーが卒倒した。
どうやら幽霊と勘違いしたようだ。


マネージャーは困ってつんく♂に相談した。
つんく♂が言った。
「意外としぶといなぁ。 悪いけどもう1回捨ててきてくれへん?」

 

 

 

 

今度は出発する前にボディチェックをされてしまったので、

2人とも白い石を持っていくことはできなかった。
しかし光井はマネージャーに頼み込んで、

菓子パンを1つ持っていくことを許された。


2人は森の奥深くに連れて行かれ、そして置き去りにされた。

久住は鼻を真っ赤にしてわんわん泣いている。
「うえーん、今度こそ終わりだぁー、小春ここで死んじゃうんだ」
「死にませんから」
「寒いよ暗いよ怖いよお腹すいたよー。

 こんな所で死にたくないよぉー」
「ちょっと落ち着いて下さい」
「このまま迷い込んで餓死して熊のエサになって、

 浮かばれない小春は地縛霊になって
 永遠にこの樹海をさまよい続けるんだぁー、うえーん」

そんな久住を呆れた表情で見つめながら、光井は言った。
「先輩、分かったから落ち着いて下さい。 さっさと帰りましょう」
「‥‥へ?」

 

 

光井はポケットから、小さくなった菓子パンを取り出した。
「ここに来るまで、パンくずをちぎって落としながら歩いてきたんです」

久住は一瞬泣き止んだが、またすぐに号泣し始めた。

「わーん、やっぱりみっつぃーは役立たずだよぉ」
「なんでですか」
「だってヘンゼルとグレーテルの話では、

 目印のパンくずを小鳥に食べられて結局帰れなくちゃうんだよ。

 もーバカじゃないのみっつぃー」
「まぁ童話ではそうなんですけど」


久住は光井をキッと睨みつけた。
「ていうかさぁ、パン持ってんじゃん。

 さっきから小春がお腹すいたって言ってるのに、

 なんで分けてくれないの」
「いや、それは」

光井が何か言いかけたが、

久住はそれを無視して、光井の菓子パンを奪い取った。

 

「はぁ、もう小春お腹ぺこぺこー。 いただきまーす」
「ちょ、先輩、そのパンは‥‥」
「‥‥‥‥うぐっ!?」


光井は「あちゃー」と言って目を瞑った。

久住は大きく目を見開き、喉をかきむしりながら倒れこむ。
「く、くるし‥‥ぐぁぁぁっ、げほっ」
その顔はどんどん青白くなっていき、最後に口から血を吐いて、

久住は動かなくなった。

 

 

光井は久住の手首を取り、脈拍を確認する。
「うわ、やっぱ死んでもうた。 あかんわぁ」

光井は悲しそうにため息をつくと、動かなくなった久住に話しかけた。

「‥‥先輩、すんません。 このパンは毒入りやったんですよ。

 私が落としてきたパンくずを食べた小鳥は死にます。

 つまり、小鳥の死骸を目印に歩いていけば森から抜け出せる

 はずやったんです」


光井は久住の死体にそっと手を合わせると、

森の外へ向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

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