密室

 

 

 

 

 

そこは完全な密室だった。
部屋の真ん中で、携帯を握りしめた小柄な女性が

頭から血を流して死んでいる。


「う〜ん‥‥」
中学生ながら名探偵として名を馳せる鈴木愛理は、

もともと下がり気味の眉毛をさらにハの字にして

唸り声を上げながら考え込んでいた。

「‥‥う〜〜〜ん‥‥」
友人の矢島舞美も、愛理の隣で考え込んでいた。

2人の傍らでは、石川警視が必死に何かメモをとっている。

 

 

「被害者は矢口真里、24歳。 何かと恨みを買うことも多く、

 殺す動機のある人物は数え切れないほどいる」

石川はため息をついた。
容疑者を絞り込むことは困難である。

ヒントと言えるものといえば、

矢口の携帯に残された意味不明の文字列のみ。
『ちさやいわさ』
犯人の名前だろうか。 苗字は岩崎さんだろうか。

これも、殺された拍子に勢いで携帯のボタンをでたらめに

押してしまっただけだろうと石川は考えていた。

 

 

「はぁ‥‥いったい誰がこんなこと‥‥」
石川がそう呟くと、愛理がびっくりした顔で言った。
「へ? 犯人はとっくに分かってますよ。

 私が今考えてるのは密室のトリックのことです」

石川は目を見開いた。
「うっそ!? 犯人分かったの!? それを早く言えよ」
「え、だってあまりにも簡単だったから、

 石川さんも分かってると思ってたんです」

石川は顔がかっと熱くなるのを感じた。
恥ずかしさで赤く染まった頬を悟られないように、

顔を背けながら愛理に訊ねる。
「な、なんで分かったのよ」
「もちろん、これです」
そう言って愛理は被害者の携帯電話を指差した。

「メール画面に、『ちさやいわさ』。

 こんなの携帯のボタンを見れば分かることです」
石川は慌てて自分の携帯電話を取り出す。

「メール作成画面じゃなくて普通の待受画面で、

 メールを打つ時みたいに 『ちさやいわさ』 って打ってみて下さい」

 

 

石川は愛理の言った通りにボタンを押し、

表示された数字を読み上げた。
「44381103‥‥」
「そう、つまり語呂あわせでヨシザワヒトミです」

「‥‥なんでまたこんな分かりにくいことを」
「まぁ、普通にひらがなで打つとしたら18回もボタン押さなきゃ

 いけないですからね。 この数字の語呂あわせなら8回で済みますし。

 死ぬ間際で虫の息だった被害者が楽なほうを選んだんでしょう。

 偶然そのときメール画面になっていた、と」

石川警視はあまりの単純さに脱力した。
そういうことか。 ちくしょう、また中学生に出し抜かれてしまった。
私、この仕事向いてないのかな‥‥
‥‥って、いっけない! 私またネガティブになっちゃった。
ポジティブポジティブ。
とりあえず逮捕よ、吉澤ひとみ。

 

 

舞美はさっきから一言も喋らず、

不思議そうに部屋の中を見回している。
石川は犯人を伝えるため、仲間の警部に電話をかけている。


愛理は部屋をくまなく調べ始めた。
「ドアは中から鍵が掛けられている。

 窓ははめ込み式で、ガラスが割られた形跡もない。
 何だろう‥‥隠し扉でもあるのかな」

本棚をずらしたり暖炉の中を覗いたりしたが、

やはりそれらしきものは無かった。
いったい犯人はどうやって部屋から逃げたのだろうか。
それとも犯人が逃げた後、

被害者が自分でドアに鍵を掛けたのだろうか。

そうだとしたら、鍵を掛けた理由は?
犯人をかばうため?
いや、犯人については被害者が携帯にダイイングメッセージを

残しているし、かばおうとしたわけではないだろう。

被害者は部屋の真ん中で死んでいるし、

床に残っている血の痕から見ても、ドアのほうへ向かった形跡はない。

 

 

愛理は行き詰まって頭を抱えた。
「じゃあ犯人はどうやってこの密室から抜け出したんだろう‥‥」

石川も諦めたように俯いた。
「だめだ、私にはまったく分からない」


その時、ずっと黙り込んでいた舞美が言った。

「そういえば私たち、どうやってこの部屋に入ったんだっけ?」

 

 

 

 

 

 

 

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