弁護士

 

 

 

 

 

艶やかな髪をなびかせて、少女がゆっくりと倒れた。

 

その左胸から、じわじわと赤い染みが広がっていく。

私は彼女の右胸にもう1発、銃弾を撃ち込んだ。

低く呻き声を上げ、体をぴくぴくと痙攣させて、

彼女は息絶えた。

 

少女の服を脱がせて、そっとブラジャーを外す。

大きな乳房がくにゃりとこぼれ落ちた。

 

―――これで5人目。

憎むべき女が、また1人消えたのだ。

 

私は、血まみれのブラジャーに頬ずりをした。

コレクションがまた増える。

私が女たちを殺した証。

 

 

私が巨乳の女を憎むようになったのは、

中学3年生の頃からだ。

 

その頃、私は自分の胸が人に比べて小さいなどと

思ったことはなかった。

確かに申し訳程度の膨らみしかなかったが、

中学生ならみんなそれくらいが普通だと思っていたし、

何より、自分のスタイルに自信があったのだ。

私はいつもこの華奢な体型を

みんなに羨ましがられていたから。

 

 

しかし、忘れもしない修学旅行の1日目の夜。

入浴の時間だった。

クラスで1番乳のでかい女が

バカにしたような口調で言った。

「れいなってホントにぺったんこなんだねぇ」

 

一瞬、何のことを言われたのか分からなかった。

私が怪訝な顔をすると、

彼女は笑いをこらえながら言った。

 

「いくら細いっつっても、それさすがにやばいよー。

 ブラいらないんじゃない?」

 

ぷっ、と誰かが噴き出したのが聞こえた。

それを合図にしたように、他の女子も便乗してくる。

 

「ねー、それ何カップなの? ブラのサイズあるの?」

「あはは、でもちっちゃくて可愛いー」

「第2次性徴まだ来てないんじゃない?」

「ほんと、可哀相なくらい無いね」

「早く彼氏つくって揉んでもらいなよー」

 

冗談半分で私の胸を揶揄する彼女たちは

心底楽しそうだった。

 

私はひどくプライドを傷つけられ、

悔しさに唇を噛みしめた。

悔しい。 忌々しい。 胸のでかい女が憎い。

巨乳の女を、この世から1人残らず消してやる。

 

 

○◎○

 

 

「おい、そろそろ白状しろ」

不精ひげを生やした中年の刑事が

面倒くさそうに言った。

「もう証拠は上がってるんだから、

 早いうちに吐いたほうが楽だぞ」

 

「その手には乗らん」

私は刑事を睨み付けて言い返した。

「知っとうもん、容疑者には黙秘権があるっちゃろ。

 れいなは何も言わん」

 

刑事はため息をついて、湯呑みにお茶を淹れなおした。

 

 

私は思いのほか簡単に逮捕されてしまった。

5人までは順調だったのに。

 

6人目に殺した女のパーカーを脱がせる時、

ジッパーが下げにくくて、

ついつい手袋を外して触ってしまったのだ。

被害者の衣服に指紋が付いていたとなれば、

言い逃れは難しいだろう。

 

しかし、まだ望みはある。

凶器の拳銃が見つかっていないのだ。

 

 

「‥‥田中れいな、18歳。

 連続無差別殺人事件の容疑者として逮捕、拘留中。

 被害者は6人。 全員、右胸と左胸に1発ずつ、

 合計2発の銃弾を撃ち込まれて、下着を取り去られている。

 被害者の共通点はおそらく‥‥胸が豊満なこと」

 

ひげ面の刑事は、眉をしかめながら資料を読み上げた。

 

「巨乳が憎かっただけなのか?」

「‥‥‥」

「何の罪もない女の子を殺したことを、

 悪いとは思わないのか?」

「‥‥‥」

 

私は何も言う気はない。

 

「物的証拠」 「状況証拠」 「自白」 のうち2つが

満たされていなければ、起訴は難しい。

証拠といえるものは金属製のジッパーに付着した

あの指紋くらいだし、

ラッキーなことにまだ凶器も見つかっていない。

 

しかも、推測され得る動機なんて

「巨乳が憎い」 などという馬鹿馬鹿しいものだ。

(まぁ、私は実際そのくだらない動機で

 殺人を犯したわけだけど)

私が自白しない限り、有罪になる可能性は低いだろう。

 

しかし、もし凶器が見つかってしまったら。

これから警察の捜査によって物的証拠は増えていくだろう。

起訴され、有罪を言い渡されたとしたら。

 

6人もの人間を殺して、ただじゃ済まないだろう。

未成年ということを考慮しても、

もしかしたら無期懲役くらいにはなるかもしれない。

法律のことはよく分からないけど。

 

嫌だ。 こんな所に何年も閉じ込められたくない。

私は外の世界で平和に暮らしたい。

 

 

○◎○

 

 

「こんにちは、安倍なつみと申します」

 

私は弁護士を雇った。

取り調べの段階で弁護士と繋がることで、

なるべく不利な証言を取られないよう、知識を得るのだ。

 

「あ‥‥どうも、田中です。 よろしく」

短く挨拶を済ませて、私は現れた女をまじまじと見つめた。

 

彼女は凄腕の弁護士だ。

依頼された仕事のほとんどで、有利な判決を

勝ち取っているという。

 

「うふっ、可愛いね、れいなちゃん。

 なっちのことは、なっちって呼んでね」

「はあ‥‥」

有能な女弁護士というイメージにそぐわず、

彼女は童顔でフレンドリーで、なんだか変な人だった。

 

 

私はごくんと唾を飲み込んで、安倍さんに頭を下げた。

 

「お願いします、どうにかしてれいなを無罪にして下さい!」

「いや、そんなこと言われてもねぇ」

「お金ならいくらでも払うけん」

「いくらなっちでも、絶対ってのは保証できないからなぁ」

「分かっとう、でも‥‥」

 

安倍さんは微笑むと、少し声のトーンを落とした。

「‥‥で、ぶっちゃけどうなの?」

「へっ?」

私の声が裏返ったのを聞いて、安倍さんはくすくす笑った。

 

「だから、やったの? 本当のところ」

「‥‥‥」

「れいなちゃんが殺したのかってこと」

 

私はきょろきょろと周りを見回すと、

安倍さんの耳に顔を近づけて言った。

「‥‥‥やった」

 

安倍さんがにっこりと笑った。

 

「ターゲットを選ぶ基準は?」

「どうやって殺害現場に呼び出したの?」

「殺し方は?」

「ちなみに動機も一応聞かせて」

「凶器はどこに隠したの?」

 

安倍さんは私からそれだけ聞き出すと、

満足したようにうんうん頷いた。

 

「大丈夫、なっちを信じて。

 絶対れいなちゃんを無罪にしてあげる」

 

 

○◎○

 

 

留置所の冷たい床の上で、私は膝を抱えている。

あれから数日が経った。

 

安倍さんはあれ以来、ここには来ていない。

彼女は本当に私を弁護する気があるのだろうか。

裁判になったら、私は本当に逃げ切れるだろうか。

 

 

誰かが近づいてくる音がして、私は体を固くした。

 

鉄格子の外に見えたのは、あのひげ面の刑事。

がちゃり、と留置所の鍵が開いた。

刑事は私と目を合わせずに、

苦虫を噛み潰したような顔で言った。

 

「田中れいな。 釈放だ」

 

 

「‥‥え‥‥えぇ!?」

驚いて思わず立ち上がる。

「な、なんで? だってれいな、まだ何も‥‥」

 

刑事は苦々しげに舌打ちをした。

 

「まったく同じ手口の殺人事件が起きた。

 凶器はおそらく同じ種類の拳銃、

 弾丸は左右の胸に1発ずつ。

 被害者は胸の大きな女性で、下着を取り去られていた」

「‥‥‥」

「世間に公表しているのは、

 今までの被害者が胸を2発撃たれていたということまで。

 下着のこととか、被害者の特徴‥‥巨乳ってのは、

 犯人以外知らないことだ」

「‥‥‥」

「拘留中のお前が、事件を起こせるはずもない」

 

 

私は呆然とその話を聞いていた。

 

中年の刑事は、無理に笑顔を作って言った。

「ほら、出ろ。 悪かったな、今まで」

 

刑事に引っ張られて留置所の外に出る。

じわじわと喜びがこみ上げてくる。

 

刑事が私の頭をわしゃわしゃと撫でた。

「何だよ、もっと嬉しそうな顔しろよ」

「えへ‥‥えへへへ」

 

 

久々に吸う外の空気。

そう、私は自由だ。

起訴なんかされる間もなく、無罪を勝ち取ったんだ。

 

私は刑事に聞こえないように、小声でそっと呟いた。

「‥‥なっち、ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

→ back ←