侵入者

 

 

 

 

 

私が帰宅して自分の部屋に入って1番初めにするのは、

PCの電源を入れることだ。

 

mixiにログインして、マイミクの日記をざっと読む。

私のマイミクの中には、もちろん娘。のメンバーもいる。

さゆとガキさんと愛ちゃんだ。

 

もちろん全員デタラメのプロフィールだし、

日記もちゃんと 「一部の友人まで公開」 に設定している。

私たちは、矢口さんのようなヘマはしない。

クッキーモンスター(笑)

 

専ブラで狼を見る。

ちなみにJaneを教えてくれたのは吉澤さんだ。

私はそれまで狼は携帯から見ることが多かったんだけど、

Janeを知ってその便利さに感激した。

 

吉澤さんは、移動中の新幹線にまでPCを持ち込んでいる

PCオタクである。

里田さんの話によると、自宅でも常にネットで

“何か”見ているらしい。

 

そんな生粋の狼住人の吉澤さんに色々教えてもらって、

私もヤススレを見抜く力とかアンチをスルーする技を習得した。

煽りレスに対する耐性もある程度ついた。

 

ファンスレ保全代わりにAAを投下したら、

ズレまくっていてバカにされた。

お気に入りのネタスレに渾身のネタを書き込んだけど、

そのあと全然レスがつかない。

悔しかったので、自演で 『wwwwwwwwwww』 を連投しまくった。

いつものように“亀井”でスレタイ検索したら、

ファンスレよりアンチスレのほうが多かった。

 

『 亀井がテレ東の人を底辺と罵ったワケだが/その7 』

はいはいすみませんね。 悪かったとは思ってますよ。

でもハロモニ@が打ち切りになったのは絵里のせいじゃない

‥‥と信じたい。

 

狼に飽きたので、

アンテナに登録してあるヲタサイトや日記を巡回する。

えりりんきゃわー。 さゆえり萌えー。

れなえりキター。 ガキカメちゃいこー。

さすが私の選りすぐりのヲタ日記。

今日も手放しで私のことを絶賛してくれている。

 

 

手の届かないアイドルを追いかけ続けるヲタ共が

哀れに思えることもある。

でも私たちは、その軽蔑と憐憫の情を押し隠し、

感謝という言葉で塗りつぶす。

オタクがいるから、私たちがこうして生きていけるのだ。

見下している奴らに生かされている惨めさ。

 

本当は気持ち悪い。

今でもコンサで興奮してる汗だくのヲタとか見たらうわっとか思うし、

握手会の前日は嫌で嫌で眠れない。

見ず知らずのキモヲタ数百人に手を握られるなんて、

地獄以外の何ものでもない。

私たちに触れたその手は、握手の前後に

どんな使われ方をしているのか。

そんなことを嫌でも想像してしまう。 

 

 

「あ」

 

突然、新しくブラウザが開いた。

間違えてアフィ広告のポップアップか何かを

クリックしてしまったようだ。

 

‥‥いや、違う。 アフィじゃない。 何だこれ。

何の宣伝文句も書かれていない。

真っ白な画面の中央に、シンプルな字体で並ぶ文字。

 

 

               _______

名前を入力して下さい |______|

 

 

 

私の目は吸い寄せられたように、画面に釘付けになっていた。

ネット上の適当なHNなんかじゃない。

本名を書けって言われてる。

直感的にそう思った。

 

キーボードの上を無意識に指が動く。

亀井絵里、と打ち込むと、

更に詳細なプロフィールの入力欄が現れた。

性別、生年月日、住所、職業、学歴‥‥

 

やばい、これはやばい。

頭の中で危険信号が鳴っている。

もしこれが悪質な詐欺サイトだったとしたら。

自分からこんなに個人情報を垂れ流して、

悪用されても文句は言えない。

 

それでも私の指は止まらなかった。

 

 

全て入力し終わると、勝手にブラウザが開いた。

「ん? 何これ」

Yahoo!とかGoogleみたいな仕様のページだった。

 

 

『 記憶検索エンジン ( `.∀´)<Yasoo! 』

 

 

「き、記憶検索‥‥?」

検索ワードを入力する欄の下にはこんなことが書いてある。

 

『 検索したい人の名前を入力して下さい 』

 

「ふーん。 どうなるんだろ」

試しにさゆの名前を入れて検索してみた。

検索結果はたった1件。

どうやら日本に 「道重さゆみ」 という名前の人物は

1人しかいないようだ。

私はそれをクリックした。

 

「‥‥う!? うわっ!!」

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

道重さゆみ  1989年7月13日生 19歳 女 アイドル

         東京都××区在住 山口県宇部市出身

 

はー、やっと終わったよ。 疲れたー。

ハロモニ@の収録なんてめんどくさいだけで全然楽しくないし

っていうかぶっちゃけつまんないし赤チンコとキャベツは笑えないし

さゆみが1人で頑張っても無駄だし。

みんな番組を面白くしようとする気あるのかな。

これ、うちらの番組なんだよ。

モーニング娘。の唯一のメディア露出の場なんだよ。

ただ与えられたつまんない企画、言われた通りにこなすだけで。

こんなんだから向上心がないとかライバル心がないとか

言われちゃうんだろうな。

さゆみ、自分で見てもハロモニ@つまんないなと思うもん。

アイドリングもAKB48も、体張って自分をアピールしてる。

どう見てもハロモニ@より面白いし。 

ハロモニ@って誰が見てるの? オタクだけだよね。

オタクはさゆみたちの可愛い顔が映ってれば満足なんでしょ。

内容が面白くてもつまんなくても、「推しメン」 が出てれば

無条件で見るんだよね。

でも、それも昔の話。 今じゃオタクでさえ見ないんだってさ。

そりゃそうだよ、だって正直言ってつまんないもん。

みんな面白いことしてないもん。

あんなの、どう編集したって面白くなるわけないじゃん。

とか思ってたらさ、ハロモニ@終了だって。

今月で打ち切りだって。

モーニング娘。、これからは数分間の深夜枠にしか出れないんだよ。

卒業した先輩たちはどんな気持ちなんだろう。

さゆみたち、8年半続いた娘。の看板番組を潰した代とか

言われちゃうのかな。 さゆみ結構頑張ったんだけど。

まぁ、しょうがないよね、だって周りがあんなんだもん、さゆみ1人が

張り切ったって無駄だよね。 みんなやる気ないしー。

そう、さゆみのせいじゃないもん。 頑張らないみんなが悪いんだ。

ハロモニ@終了って言われて、メンバーのみんなはどう思ったんだろう。

ガキさんは、先輩方に申し訳ないって言って泣くんだろうな。

で、愛ちゃんはこういう時だけ無駄に責任感じちゃったりしてやっぱり

泣くんだろうな。

れいなは最近頑張ってたし凹んだだろうけど、切り替え早い子だから、

また映画やドラマに出たいとか夢みたいなこと言い出して、

来るわけないオファーを待ち続けてるんだ。

絵里、は‥‥なんにも考えてないんだろうな。

まぁテレ東の人に底辺とか言っちゃうような子だし。

小春ちゃんもきらりが終わったらどうすんだろ。

みっつぃーは頭いいけど、どんだけこの状況を理解してるのか不明だし。

多分さゆみたちほど危機感は感じてないんだろうな。

ジュンジュンとリンリンはそのうち中国に帰っ

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

膨大な文字がリアルタイムで流れていく。

私はただ呆然としてそれを見ていた。

 

これは、さゆの心の中だ。

絵里は今、さゆの心を読んでるんだ。

何これ、やばいんじゃない?

心臓がばくばく鳴り始めた。

 

ページの上のほうに、【絞り込み検索】 と書いてある。

さゆの記憶や思考を検索できるのか。

 

「あ! そういえば」

 

急に嫌なことを思い出した。

今日、楽屋でさゆと遊んでる時

我慢できなくてオナラしちゃったんだ。

さゆは何も言わなかったけど、絶対聞こえてたはず。

もしかしたらニオイも‥‥うぎゃー!

 

私は 『 屁 絵里 』 と入力して、絞り込み検索をクリックした。

 

検索結果は3件。

え? 3件?

とりあえず上から見てみる。

 

さっきのようなリアルタイムの思考とは違って、

記憶は箇条書きに記されていた。

 

 

道重さゆみ脳内 『 屁 絵里 』 の検索結果

3件中 1〜3件目

 

・ 絵里が楽屋で屁をこいた。 黙っておいてあげた。

 (2008.9.17)

・ 一緒にプリクラ撮ってたら絵里がすかしっ屁。 くさかった。

 (2006.3.12)

・ 楽屋で屁が出た。 たぶん絵里に聞かれた。 死にたい。

 (2003.10.8)

 

 

そんな昔のことまで覚えてるのか。

最後の項目のはちょっと笑った。 お互いさまってことだね。

 

ふと、それぞれの項目の横に

2つのボタンがあることに気づいた。

【編集】と【削除】。

‥‥もしかして。

 

記憶を消したり書き換えたりすることができるの?

 

 

( `.∀´)

 

 

世界最強にでもなった気分だった。

今の私は無敵だった。

記憶検索エンジン、Yasoo!

名前さえ分かれば、他人の記憶を思うがままにできるのだ。

 

もし自分に都合の悪いことがあれば、

それに関連する人たちの記憶を修正する。

その記憶の部分だけ丸ごと消してしまう、なんてことも

何度かあった。

 

  

私がハロモニ@でテレ東の人を底辺と呼んでしまったこと。

娘。メンバーだけじゃなく、スタッフの人やテレ東社員、

さらに山崎会長の記憶まで操作して、私はその事実を

なかったことにした。

さすがに全国の視聴者たちの名前までは調べられないから、

その辺は放置だけど。

 

私が記憶を消した人たちにも、

いずれ 「底辺」 事件は知られてしまうだろう。

全国にそれを覚えている人がいるんだから。

情報はどこからでも入ってしまう。

 

だけど一時的だったとしても、

関係者にそれを忘れさせることは重要だった。

そのおかげで、ハロモニ@打ち切りの話は白紙に戻ったのだ。

 

 

娘。のメンバーも嬉しかったみたいだ。

 

マネージャーさんからハロモニ@の継続を聞かされた時、

れいなや8期は素直に喜びをあらわにしていた。

愛ちゃんやガキさん、さゆなんかは、

ほっと安堵したような表情だった。

ヲタにさえ糞番組と罵られるあんなつまらないものでも、

私たちにとっては命綱だ。

 

きらりで成功していて余裕のある小春は、

興味なさそうに 「ふーん」 とか言って

(みんな無職にならなくて良かったねー) みたいな顔をしてたけど、

それでも彼女なりに喜んでいるようだった。

 

 

小春は素直で自由なようでいて、本当は計算高くプライドも高い。

 

天真爛漫で鈍感で幼い自分を常に演出し、

本気になったり必死になったりする自分は決して周りに見せない。

必死な姿を他人に見せることは、

弱みを見せるのと同じことだからだ。

 

天真爛漫な笑顔で喜んでみせるべきか、

余裕の表情で聞き流すべきか。

小春はそれを一瞬のうちに考えて、後者を選んだ。

ハロモニ@ごときで一喜一憂するのは 「必死」 だ

と判断したのだろう。

自分のイメージを守ることより、

プライドを守ることを優先したのだ。

 

Yasoo!で何度か娘。メンバーの思考を読んで以来、

私は彼女たちをより深く理解できるようになった気がする。

 

 

( `.∀´)

 

 

ハロモニ@では相変わらずつまらない記憶ショーをやっていた。

今回は 『娘。全員でチャンピオンみっつぃーに挑戦!』、

お題はガンダムプラモデル、いわゆるガンプラだ。

こんなの覚えられるわけがない。

 

「ほんとすみません! マジ漏れそうなんで!」

 

記憶ショー本番の直前、私はトイレに行くふりをして

個室の中でPCを起動した。

ガンプラについての自分の記憶を正しく修正し、

他のメンバーの記憶をいくつか間違ったものに書き換える。

れいなと小春に負けるのは癪なので、

2人の記憶は特にいじりまくった。

怪しまれないように、みっつぃーだけは記憶の操作を

控えめにしておいた。

 

赤チンの声が響く。

「優勝は、まさかの亀井絵里〜!」

 

 

そのハロモニ@の放送があった日、狼を見てみたら

「ありえねー」 「ヤラセじゃん」

「どうせ亀井のことだからカンニングでもしたんだろ」

「光井の秀才キャラ乗っ取る気なんじゃね?」

「後輩いじめの一環か」

 

ムカついたので亀井ヲタのサイトを巡回したら、

「さすがえりりん」 「えりりんはやれば出来る子」

「賢いえりりんも素敵」 「きっと今までは紺野とか光井に遠慮して、

 頭がいいことを隠していたんだ」

 

さすが選りすぐりの盲目ヲタ共である。

真実が何も見えていない。

おかしくて笑いがこみ上げてくる。

ぷっ、バッカじゃないの、絵里が頭いいわけないじゃん。

 

私はヲタ共の的外れな絶賛文章を読んで満足し、PCを閉じた。

 

 

( `.∀´)

 

 

私は、記憶検索エンジンYasoo!にどんどんハマっていった。

 

みんな自分の記憶が操作されているとも知らずに、

能天気に暮らしている。

優越感。 私だけが全てを知っている。

人間関係も社会的地位も、全ては私の手に委ねられているのだ。

おかしくてたまらない。

 

 

そのうち私はYasoo!を悪用するようになった。

 

ブランド物のバッグをヤフオクに出品する。

私は出品者として当然、落札者と連絡を取り、

名前と住所を聞き出すことができる。

代金が振り込まれたのを確認したら、Yasoo!で落札者の

名前を検索し、その人の記憶を書き換えてしまう。

 

こうすれば、私は商品を送らずに

代金だけを巻き上げることができるのだ。

お金を振り込んだ本人が忘れてるんだから、証拠も残らない。

 

私の詐欺行為は面白いようにうまくいった。

2ヶ月で300万くらい稼いだところでさすがに飽きたけど、

お小遣いが足りなくなったらまたやろうと思う。

 

 

( `.∀´)

 

 

私は今日も帰宅してすぐにPCを起動した。

いつもと同じように、Yasoo!で他人の記憶や思考を読みあさる。

 

今日のターゲットは藤本さん。

彼女がつまらない芸人とフライデーされて娘。をあっさり

ポイ捨てしてから、もう1年半が経つ。

今でもテレビ番組でネタにされまくっているので、

まだ関係は続いているのだろう。

藤本さんにしては長いほうなんじゃないかと思う。

 

狼周辺ではあれだけ駅弁駅弁と騒がれているけど、

実際のところどうなのか。

つまり、彼女はあの芸人とどんな性生活を送っているのか。

下世話な好奇心だった。

私はにやにやしながらYasoo!の画面を開く。

 

「‥‥あ」

ふと、思い出した。

 

そういえば絵里、藤本さんとちょっとだけ仲良かった

時期があったっけ。

藤本さんが脱退する少し前だったかな。

調子乗って、美貴様とか呼んじゃったりして。

‥‥あれ? 何がきっかけでそうなったんだっけ?

ハロモニだっけ?

 

思い出せなくて少し気になったので、

私は自分の記憶を検索してみることにした。

とりあえず藤本さんの性生活は後回しだ。

 

『 亀井絵里 』

【検索】

『 ハロモニ 美貴様 』

【絞り込み検索】

 

 

その時だった。

 

画面が一瞬フリーズした後、

突然ものすごい数のブラウザが自動的に開き始めた。

「え? え? うわ!」

 

しまった! ブラクラだ!

 

どうやら間違えてどこか変なURLをクリックしてしまったようだ。

耳障りなメタルミュージックを奏でながら、

大量の同じブラウザが画面のあちこちに現れ、動き回っている。

 

「ちょっと! やだもう!」

ブラウザは消しても消しても無限に開いていく。

しかも狂ったように動き回るもんだから、

右上の [×] にマウスポインタを合わせることすら難しい。

 

 

イライラした私は、マウスをぐりぐり大きく動かして

画面の中をデタラメにクリックしまくった。

 

「あああああああもう! うざい!」

カチッカチカチカチッカチカチカチッカチッカチカチカチカチ

「バカ! くそ! 死ね!」

カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ

 

ブラクラで現れた大量のブラウザの隙間に、

 

『 亀井 絵里 の削除・編集 』

【編集】 【削除】

 

Yasoo!の編集ページが見え隠れする。

 

数打ちゃ当たるとばかりに、私は画面中を手当たり次第に

クリックし続ける。

それでも運良く [×] を押せるのはごくわずか。

どんどん増えていくブラクラ。 大音量のメタルミュージック。

 

 

「もうやだっ! なんで消えないんだよう!」

カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ

 

【この部分を削除】 【全削除】

Yasoo!のページの文字が一瞬見えたような気がした。

 

「もおおおおお! 全然減らない! ブラクラ死ね!」

カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ

 

『 亀井 絵里 の記憶を 』

 

「消えろー!!!」

カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ

 

『 全 削 除 し ま す か ? 』

 

カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ

 

【はい】

 

カチカチカチカチカチカチカチ カチ  カチッ

 

 

最後に見た文字は、

 

カチッ

 

『 亀井 絵里 を 全 て 削 除 し ま し た 』

 

 

あっ、

と思った瞬間、

 

 

私の世界は真っ白になった。

 

 

 

 

 

 

 

→ back ←