14歳の憂鬱

 

 

 

 

 

私は珍しく机に向かっていた。

間近に迫った学年末テストに向けて勉強しているのだ。

 

「あー、もう分かんないっ」

私はそう呟いて、机の上に鉛筆を放り投げた。

椅子の背もたれに背中を預けて、大きく伸びをする。

 

数学は嫌いだ。

1次関数、連立方程式、確率やら証明やら、

一体、将来何の役に立つというのだろう。

足し算と引き算、掛け算と割り算さえできれば

生きていけるんじゃないか。

 

中2の単元ですらこんなにややこしいのに、

これから先、高校生になったらどれだけ難解な内容を

勉強しなければならないんだろう。

ああ、嫌だ嫌だ。

数学はせめて義務教育で終わりにしてほしい。

 

 

「早貴、勉強してるの?」

部屋の外から母の声が聞こえて、

私は慌てて体を起こした。

「してるー」

少し声を張って返事をする。

 

母はドア越しに続けた。

「お母さん今からちょっと買い物行ってくるんだけど、

 早貴、何か欲しい物ある?」

 

私は少し考えた。

特に食べたいお菓子もないし、

消耗品のヘアゴムやヘアピンも今のところ足りている。

通学用の白のハイソックスは

この前3足ほど買ってもらったばかりだ。

 

‥‥ああ。

そういえばシャープペンシルの芯が切れていた。

それで今、久々に鉛筆を使ってるんだっけ。

 

シャーペンの便利さと手軽さに慣れてしまってからは

鉛筆を使う機会はほとんどなくなったが、

鉛筆で書いた字のほうが柔らかくて優しい感じがして

私は好きだ。

 

 

「‥‥じゃあシャーペンの芯買ってきて」

「分かった。 HBでいいのよね?」

「うん」

 

 

母の足音が遠ざかっていくのを聞きながら、

私は少しほっとしていた。

 

少し前までは、

母の買い物にも一緒について行っていたのに。

最近、親と何を話せばいいのか分からない。

共通の趣味があるわけでもないし、

学校での出来事をいちいち報告する気にもなれない。

 

最後にお母さんと手を繋いだのはいつだっけ。

最後にお父さんに肩車してもらったのはいつだっけ。

 

最近はろくに会話もしていない。

同じ食卓についているだけで、なんだか緊張してしまう。

これが思春期ってやつなのか。

お姉ちゃんや妹とは普通に話せるのにな。

 

ノートに三角形の合同条件を書き写しながら、

私は小さくため息をついた。

 

 

刄「刄「

 

 

日は沈み、窓の外はすでに真っ暗闇になっていた。

 

手が痛い。 腱鞘炎になりそうだ。

私は眼鏡を外し、鉛筆を置いて、手首をぶらぶらと回した。

 

時計を見ると7時過ぎだった。

さっき母と言葉を交わしてから2時間以上が経っている。

もうすぐ夕食の時間なのだろう、

1階からおいしそうな匂いが漂ってくる。

今夜はきっとハンバーグだ。

 

お腹がぐうと鳴った。

今日は父もいつもより早く帰ってきているので、

久しぶりに家族5人揃っての夕食になる。

 

 

正直言って、夕食の時間は憂鬱だ。

家族との会話に困るから。

もちろん姉や妹とは普通に話せるのだが、両親の前で

姉妹にだけ話しかけて勝手に盛り上がるのも気まずいし、

私はいつも黙って食事をしている。

 

両親が気を遣って話しかけてきても、

私は一言二言返すだけで、会話は結局続かない。

話したくないわけではないのだ。

ただ、距離の取り方が分からないだけで。

 

 

ドアががちゃりと開いて、隙間から姉が顔を出した。

「早貴、ごはんだって」

「あー、今行くー」

 

私は椅子から立ち上がり、姉を追って部屋を出る。

階段を降りながら、

今日もあの気まずい空間をどうやってやり過ごそうか、

そればかり考えていた。

 

 

「早貴、14歳おめでとう!」

ダイニングキッチンのドアを開けた私を迎えたのは、

両親と姉妹の暖かい笑顔だった。

思いがけない歓迎に驚いて、

私はまばたきをしながら食卓を見る。

 

「うわぁ‥‥」

テーブルの真ん中には

大きな丸いケーキが置かれていた。

 

そうだ、誕生日だったんだ。

そんなこと、すっかり忘れていた。

だから今日お父さんは早く帰ってきてくれたんだ。

 

つん、と鼻の奥が熱くなる。

家族みんなが私の誕生日を祝ってくれていることが

嬉しくて、不覚にも涙が出そうになった。

さっきまで私は、家族での食事を疎ましいとさえ

思っていたのに。

 

 

母が微笑んで、私に小さな紙包みを差し出した。

「はい、これ。 誕生日プレゼントよ」

 

私は戸惑いながらそれを受け取った。

「あ‥‥ありがと‥‥」

嬉しさで胸がいっぱいになって、

お礼の言葉にも詰まってしまった。

 

 

はやる気持ちを抑えながら、

震える手でそっと包みを開けてみる。

 

真新しいシャーペンの芯のケースが1個、

ぽとりと転がり落ちてきた。

 

 

 

 

 

 

 

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