川辺にて

 

 

 

 

 

暖かい日差しが背中をふんわりと包む。

ここ数日で、すっかり春の陽気だ。

 

私は待ち合わせの場所へ向かっていた。

さらさらと水の流れる音が聞こえてくる。

 

もうすぐだ。

みんなが待ってる。

さっきまで重かった足取りが急に軽くなる。

 

土手に沿って、背の高い雑草が生い茂っている。

私は雑草をかき分けながら、水音のほうへと進む。

 

 

「あ!」

見覚えのある、ピンク色のワンピース。

川の向こう岸で、小学校低学年くらいの女の子が

心配そうに手を揉んでいる。

 

「梨華ちゃーん!」

私が雑草の間から顔を出して叫ぶと、

女の子の表情がぱあっと明るくなった。

「ののー! やっと来たぁ!」

 

私はにっこり笑って、草むらから抜け出した。

 

 

帽子を斜めに被った男の子みたいな女の子が、

向こう岸からこっちに石を投げてきた。

石は水面を滑ってこっちの岸まで届き、私の足元に転がる。

 

「ちょっと、よっすぃ〜危ないよ!」

「ふぉー!」

「ののに当たったらどうすんの」

「梨華ちゃん今の見た? 7回くらい跳ねたよ!」

 

よっちゃんだ。

梨華ちゃんに怒られてるのに、

ぴょんぴょん飛び跳ねてはしゃいでる。

 

少し離れたところで、幼稚園児くらいの小さな女の子が

しゃがんで何かを探していた。

 

 

「ねーねーあいぼん今の見た? すごくね?」

「見た見た! これは最高新記録やな。 ‥‥おーい、ののー!」

 

あいぼんが立ち上がり、こっちに向かって叫んだ。

「よっちゃんの水切り見たかー!?」

 

私も声を張り上げた。

「見たー!!」

 

「何回跳ねたー!?」

「じゅ、10回くらーい!!!」

「嘘つけー!」

 

 

私は嬉しくなって駆け出した。

足の裏で石ころがじゃりじゃり音を立てる。

 

梨華ちゃん、よっちゃん、あいぼん。

みんな大好きな幼馴染だ。

私はスニーカーと靴下を脱ぎ捨て、

川の中にじゃぶじゃぶ入っていった。

 

 

川の水はひんやりと冷たい。

足を上げるたび、跳ね上がった水の粒がきらきら光る。

 

向こう岸にたどり着くと、

梨華ちゃんがハンカチで私の足を拭いてくれた。

「おおお、さすが梨華ちゃん、用意がいいね」

よっちゃんがそう言うと、

梨華ちゃんはぽっと頬を赤らめてにやけた。

うん、相変わらずきしょいな。

 

「のの、大遅刻だよ」

梨華ちゃんが少し笑って言った。

「あは、ごめんごめん。 予想外に時間かかっちゃって」

 

 

川原にしゃがみ込んでいたあいぼんがぴょんと立ち上がって、

こっちに駆け寄ってきた。

「よっちゃん、いい石見つけたで」

あいぼんの小さな手には、

灰色の平べったい石ころが握られている。

 

「わお! かっけー!」

よっちゃんは嬉しそうに瞳を輝かせて、

あいぼんの石を受け取った。

「あいぼんが選んでくれた石だと、絶対いい記録出るんだよ」

 

 

よっちゃんは腕まくりをして、

無駄にかっこつけながら帽子を被りなおす。

その横では梨華ちゃんが

胸の前で手を組んだキショい乙女ポーズで、

よっちゃんをうっとりと見つめている。

私はあいぼんと顔を見合わせて、うししし、と笑った。

 

よっちゃんは左足を踏み込んで、右腕を真横に振りぬいた。

石は滑るように水の上を駆け抜ける。

1、2、3、4‥‥

「あー!」

最後にちゃぽんと音を立てて、石は川の中に沈んだ。

 

「5回かぁ」

「残念」

「さっきのはまぐれやな」

しゅんとしたよっちゃんの肩を叩いて、

あいぼんがにんまり笑った。

 

 

梨華ちゃんは、陽のあたる土手で花を摘み始めた。

石ころに夢中になってるよっちゃんとあいぼんを置いて、

私も梨華ちゃんのところへ向かう。

 

タンポポ、スミレ、ハルジオン。

梨華ちゃんは色とりどりの花を集めてご機嫌だ。

ミツバ、コゴミ、ユキノシタ。

私は、食べられそうな山菜ばかりを取っている。

 

「このちっちゃい花かわいいよねぇ」

梨華ちゃんの甲高い声がした。

小指の先くらいの大きさの青い花が、

土手いっぱいに咲いているのだ。

 

 

「それ知ってるでー」

後ろからあいぼんの声がした。

あいぼんとよっちゃんが土手を登ってきた。

 

梨華ちゃんは摘んだ花を手のひらに乗せて、

嬉しそうに見つめている。

 

「なぁ梨華ちゃん、その花、オオイヌノフグリって言うんやで」

「へえ、そうなんだー」

「どういう意味か知ってるか?」

「知らなーい」

あいぼんはにやにやしながら梨華ちゃんを見ている。

 

よっちゃんが得意げに言った。

「それ、犬の金玉って意味なんだぜ!」

 

梨華ちゃんは 「きゃあ」 とわざとらしい悲鳴を上げて、

「やだ、よっすぃ〜ったら」

とか言って花をぱらぱらと地面に落とした。

 

 

「あは、あははは」

私は久しぶりに声を上げて笑った。

楽しくてたまらない。

 

なんだか長い間、みんなに会ってなかった気がする。

もっと早く来ればよかったな。

 

美人で女の子らしいけどちょっとキショくて、

仕切りたがりだけど空気の読めない梨華ちゃん。

いつも男の子とばっかり遊んでて、

梨華ちゃんのスカートめくりが趣味のよっちゃん。

年下なのに1番頭が良くて、

面白い遊びをたくさん教えてくれるあいぼん。

 

みんな大好きだよ。

これからは、ずっとずっと一緒だよね。

 

 

「そういえば」

よっちゃんが私のほうを振り向いた。

「のの、遅かったね」

 

そう、私はいつも1番遅いんだ。

ののはのんびり屋さんやなぁ、

ってよくあいぼんに言われてたっけ。

 

 

「もう私たち3人とも、待ちくたびれちゃったよ」

梨華ちゃんが言った。

 

「うちなんか1番最初に来て、ずーっと待ってたんやで」

せっかちなあいぼんが頬を膨らませた。

 

「あっちはどうだった?」

よっちゃんが指先で鼻をこすりながら言った。

「‥‥楽しかった?」

昔から変わらない、照れたときの癖。

 

「うん、楽しかったよ」

私は力いっぱいの笑顔で答えた。

 

 

☆☆☆

 

 

穏やかな春の昼下がり。

白衣を着た男性と、数人の男女がベッドを取り囲んでいる。

延命措置の中止から10分が経過していた。

 

「お母さん‥‥」

70代半ばを迎えた希空は、

ベッドに横たわっている老女の手を握り締めた。

 

小さな女の子が、希空の服の裾を引っ張る。

「ねぇ、おばあちゃん。 ののばあちゃん、寝てるの?」

 

希空は皺だらけの手で、孫の頬を撫でた。

「ののばあちゃんはね、おじいちゃんの所に行くんだよ」

 

 

女の子は、眠っている曾祖母の顔を見つめた。

安らかな寝顔だった。

 

「おばあちゃん」

「なあに」

「ののばあちゃん、笑ってるね」

 

 

―――辻希美、2084年3月23日没。 享年96歳。

 

窓から差し込む春の日差しが

希美の顔を優しく照らし出していた。

 

 

 

 

 

 

 

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