エアメール

 

 

 

 

 

ごっちん、ひさしぶり。 元気にしてますか?

私は無事大学を卒業して、都内の企業に就職して、

地味にOLなんかやっちゃってたりします。

一緒にバカやってた高校の頃は、

将来はビッグになるんだ、人とは違うことをするんだ、

なんて何の根拠もなく思ってたけど。

現実はきびしーね。

 

職場ではそれなりにうまくいってるけど、

やっぱり人間関係ってのは色々とめんどくさいです。

私はどういうわけかおばさま連中に気に入られてるから

今のところ特にトラブルもないけどね。

結局まわりのフォローに回る役で、毎日疲れます。

 

ごっちんは今何してる?

ロサンゼルスってどんな所?

っていうか今もロスに住んでるの?

この手紙、届くのかな。

 

あれからもう5年も経つんだね。

指折り数えてみてマジでびっくりしました。

5年も会ってないなんて。

 

こうして手紙を書いているのは、

あの時のことを謝りたかったからです。

ほんと今さらって感じだよね。

連絡もずっとしなかったくせに何言ってんだよっていう。

 

謝るって言っても、何をどんなふうに謝ればいいのか

自分でも分かんないまま書いてるんだけど。

ただ漠然と、私が悪かったから謝らなきゃ、ってことは

分かってるんだけど。

 

「漠然」 なんて漢字分かんなくて辞書で調べちゃったよ。

バカなのは昔から変わってないね。

私は高校の時から全然成長してないです。

あーごめん。 書きたいこと全然まとまってないわ。

言ってることめちゃくちゃだったらごめんね。

 

要するにあれだ、

私はごっちんのことが嫌いになったわけじゃなくて、

ちょっと戸惑っちゃっただけなんだよ。

あの頃は若かったから。

私はまだ子供で、軽く受け流すことができなくて。

 

なんか言い訳がましくてごめん。

こうやって謝ること自体、自意識過剰かもしれない

とか思っちゃうんだよね。

何を前提に喋っていいのか分かんないけど、

とにかくごっちんに伝えたいと思って今、書いてます。

また漢字が分からなくて 「前提」 辞書で引きました。

 

ごっちんは今、そっちで仕事してるのかな。

それとも夢を追ってる?

それとも、夢と仕事がイコールだったりする?

私と違ってごっちんはビッグになってる気がするよ。

私、昔からずっとごっちんに憧れてた。

 

いつか日本に帰ってくる予定はあるの?

ごっちんに会いたいです。

会って直接謝りたい。

この5年間、色んなことがあったよ。

話したいことがいっぱいあるよ。

 

もしこの手紙が届いたら連絡下さい。

携帯の番号もアドレスも、5年前から変えてないから。

 

                         吉澤ひとみ

 

 

■□■□■

 

 

きりきりと冷え込む冬の朝。

ジョギングに行くついでに郵便受けを見たら、

エアメールが届いていた。

 

見覚えのある字。

そりゃそうだ、私の字なんだから。

 

柄にもなく私が書いたごっちんへの手紙は、本人に届くことなく、

“宛先不明”で私のもとへ舞い戻ってきたわけだ。

私の気持ちはごっちんに届かなかった。

 

吐き出す息が白い。

花壇の土に降りた霜も白い。

明けたばかりの空は青白かった。

 

 

海沿いのこの街で1人暮らしを始めて、もうすぐ5年が経つ。

道路から見える海の景色が綺麗で、

こうして早朝にジョギングをするのが日課になっている。

 

私は自分の書いた手紙をくしゃっとポケットに突っ込んだ。

かるく屈伸運動をして筋肉を慣らして、

いつものコースを走り出す。

冷たい空気が肌を刺し、目にしみる。

 

 

 

 

まだ何も考えていなかった高校生の頃、

私とごっちんは親友だった。

3年間、毎日毎日一緒にいた。

 

学校に行くのも帰るのも一緒で、

授業中はお互いのノートに落書きしたり筆談したりして、

たまに授業をサボって屋上で日向ぼっこしたり、

素敵なサボり場所を見つけるために校内を探検したり、

放課後はカラオケに行ったりプリクラを撮ったり、

お互いの家に遊びに行ったり、

休日は少し遠出をして買い物に行ったり。

私たちはいつも一緒だった。

 

 

高3の12月。

受験を控え、いつまでもバカやってるわけにはいかないと気づき、

やっと本格的に勉強する気になってきた時期だ。

朝晩はめっきり冷え込むようになった。

日も短くなり、補習を終えて帰る頃には辺りは真っ暗になっていた。

 

「さみーーー」

「外出たくないねー」

たぶん私たちはそんな何でもない会話をしながら、

いつも通り一緒に帰るところだった。

 

下駄箱から靴を取り出して屈んだ瞬間、

巻いていたマフラーの端がするりと滑り落ちる。

 

「このマフラー可愛いよね」

隣にいたごっちんが、私の肩から垂れ下がった

マフラーを手に取る。

ごっちんは何気ない手つきで私の首にマフラーを巻き直すと、

そのままの体勢で、正面から私の顔を見上げた。

 

至近距離で見つめられて少し戸惑う。

「顔近いよ」 と笑って離れようとした瞬間、急に視界がぼやけて、

唇にしっとりした温かさを感じた。

 

柔らかい感触は一瞬だった。

ごっちんはすぐに唇を離してにかっと笑うと、

「あは、チューしちゃった」 とか言って

何事もなかったかのように靴を履き替えている。

私はというと、突然の出来事に困惑して固まっていた。

 

「な、な、な、なにすん‥‥ご、ごっ‥‥」

「あーごめんね、なんかよっすぃーの顔見てたらムラッと」

「いやいやいやいや」

「やだなぁ、処女みたいなリアクションしないでよ」

「しょしょしょしょ処女じゃないもん」

 

ごっちんは呆れたようにため息をついて、

「ほら、帰るよ」 と言って私の腕をきゅっと掴んだ。

 

その瞬間。

心臓が跳ね、背中にじわりと汗をかき、体がこわばった。

自分でも信じられないほどの勢いで、

私はごっちんの手を振り払った。

「1人で帰るっ!」

 

 

その日から私はごっちんを避けるようになった。

「学校で勉強するから」 と言ってごっちんと時間をずらして登校し、

「塾に行くから」 と言って帰りも別々のルートで帰った。

 

喧嘩でもしたの?なんて他の友達から訊かれても、

私は曖昧に笑ってごまかすだけだった。

 

「よっすぃー何なの? なんで怒ってるの?」

最初、ごっちんはそう言ってしつこく絡んできた。

しかし私の態度が頑ななのを見て、3日くらいで諦めたようだった。

 

その後はたまに悲しそうな顔でこっちを見るだけで、

一切話しかけてこなくなった。

そんなごっちんを見て胸が痛んだけど、

今まで通りに仲良くすることは、私にはもう不可能だった。

 

若かったんだ。 私はガキだった。

女同士でそんなことするなんて気持ち悪いとしか思えなかったし、

あの出来事をただの接触事故で済ますこともできなかった。

あんなのごっちんがふざけていただけって分かっていたけど、

それでも無理だった、どうしても。

 

その後、私は都内の大学に合格し、地元を離れた。

ごっちんは高校卒業後、

「夢を見つけに行く」 とか何とか言ってアメリカに留学した。

それ以来、私たちは会っていない。

 

 

 

 

5年前から走り続けているジョギングコース。

いつも同じところですれ違う散歩中のおじいさんとも顔見知りになり、

会話を交わすようになった。

いつもの信号、いつもの公園を走り抜け、海沿いの歩道に出る。

 

ぱっと視界が開けて、冷たい潮風がびゅうっと前髪を吹き上げた。

右側には真っ青な海。

白い空とのコントラストが綺麗で、ふと立ち止まる。

息が切れる。 鼻が冷たい。

かすかに感じる潮の香り。

 

 

高校の卒業式の日、下駄箱に紙切れが入っていた。

“USA”、“Los Angeles”という文字列が目を引く。

英語の住所の下に、「ごとーまき」 とひらがなで書いてあった。

 

私はその紙切れをとっくに失くしたと思い込んでいたのだが、

先月実家に帰省した時、

机の引き出しの奥深くから発見したのだ。

 

ごっちんの懐かしい字を眺めていたら、涙が滲んできた。

思い出すのは楽しかったことばかり。

あれから5年も経ってたなんて。

ごっちんを傷つけたまま別れてしまったことに対して、

物凄い後悔が襲ってきた。

 

こうして一念発起してごっちんに手紙を書いてみたけど、

結局それは届かなかったわけで。

ごっちんと私を辛うじて繋いでいたあの紙切れが運んできたのは、

宛先不明という悲しい返事だけだった。

 

 

冬の寒空の下、冷たい潮風に晒されながら海を眺める。

真っ青な海はどこまでも続いていくようだった。

 

ポケットから手紙を取り出す。

封筒の中には、私の思いを詰め込んだ便箋が3枚。

 

冷たくなった指先を時折息で温めながら、

丁寧に便箋を折り曲げていく。

 

男の子とばかり遊んでいた小学生の頃から

紙ひこうきを折るのは得意だった。

私の紙ひこうきは、いつも1番遠くまで飛んだ。

 

「ごっちんまで飛んでけっ!」

 

3機の白い飛行機が海に消えたのを見届けて、

私はいつもの道を走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

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