共犯者

 

 

 

 

 

「意外と早く収束しましたね」

「長期戦覚悟してただけにね」

 

上司の吉澤ひとみと顔を見合わせて、

新垣里沙は大きくため息をついた。

吉澤は警部補、新垣はこの春巡査部長になったばかりだ。

 

「立てこもり事件って凄い体力と神経使いますよね、

 現場離れられないし」

「おちおちトイレにも行けないしね。

 ところで今日飲み行こうぜガキさん」

「ちょ! まだ終わってませんよ、まだ人質の安否が‥‥」

「どうせ無事でしょ。

 軽々しくアイドルに手ぇ出すとも思えないし」

「いや犯罪者の心理は分かりません、早く助けに行かないと」

「ガキさん、あのねぇ」

「なんですか」

「おしっこ漏れそう」

「いちいち言わなくていいから早く済ませてきて下さい」

 

 

トップアイドル4人を人質に取るという

前代未聞のホテル立てこもり事件。

犯人たちは、アイドルの事務所に対して身代金を要求した。

しかし事件発生から26時間後、

警視庁の特殊部隊がホテルに突入し、

犯人の男たち6人は投降して身柄を拘束された。

 

「6人もいたのか」

「そのうち4人はそれぞれ人質の部屋の近くで見張り、

 残りの2人はロビーであれこれ指示を出してたみたいです」

 

 

# # #

 

 

細かい事情は割愛するが、

吉澤と新垣は人質の救出に向かうことになった。

 

ホテルの正面玄関から中に入り、階段を駆け上がる。

事件発生と同時にエレベーターは稼動を停止させていて、

まだ復旧していないのだ。

 

「そういや人質の子たちって有名なの?」

「吉澤さん知らないんですか!?

 安倍なつみ、後藤真希、石川梨華、松浦亜弥。

 4人ともアイドル界のトップに君臨する面々ですよ」

「さすがガキさん。 アイドルオタク」

「オタクじゃなくても普通知ってます!」

 

 

人質が監禁されているのは9階の部屋だ。

吉澤と新垣は走るのをとっくに諦めて、

のんびりと階段を上っていた。

犯人が逮捕された今、

さすがに9階までダッシュする根性はない。

 

「ちなみにあたしはねー、あややが好きなんだよねー」

「あっ、あややは知ってるんですね」

「それにしても、この4人って懐かしい組み合わせだなぁ」

「結構知ってるじゃないですか‥‥」

「ねぇねぇガキさん」

「なんですか」

「トイレ行きたい」

「さっさと行ってこいよ」

 

 

# # #

 

 

人質のいる部屋のほうへと廊下を進む。

やっと長い階段から解放されて、新垣はほっとした表情だ。

途中の階で用を足した吉澤も、清々しい顔をしていた。

 

「ところでガキさん」

「なんですか」

「果たして彼女たちは本当に被害者なのか」

 

廊下を歩きながら、

吉澤が芝居がかった口調で妙なことを言い出した。

「は?」

前を歩く新垣は、思いっきり顔をしかめて吉澤を振り返る。

 

「やだなぁ、怒らないでよ」

「証拠もないのに、被害者を侮辱するような発言は

 やめて下さい」

 

新垣はそう言って、へらへらと笑う吉澤を睨みつけた。

周りには秘密にしているが、

実は新垣は安倍なつみの大ファンなのだ。

尊敬するアイドルが疑われるのは気分が悪い。

 

「別に安倍さんが犯人だって言ってるわけじゃないよ」

「な! なぜそれを‥‥」

「まぁ落ち着いて。 ホテルの従業員の証言覚えてる?」

「‥‥‥」

 

 

「犯人は6人で、そのうち2人が先にホテルの中に入ってきて、

 フロント付近にいた客や従業員を拳銃で脅して制圧。

 で、後から入ってきた4人は、

 そのまま何も言わずにエレベーターに乗り込んだ」

「それがどうしたんですか?」

 

新垣は振り返りもせずに、

廊下をずんずん進みながら冷たく言った。

 

吉澤は喋りながら、

新垣の後ろでふざけた顔やポーズをしたり、

わざとおっさんみたいなくしゃみをしたり、

鼻をほじったりしている。

退屈を紛らわすために気を引こうとしているらしいことは

新垣も分かっていたが、あまりに馬鹿馬鹿しいので

構ってやる気はなかった。

 

手持ち無沙汰になった吉澤は、

新垣の背中に鼻くそをなすり付けながら言った。

 

「だってさぁ、この立てこもり事件って目的は身代金なわけじゃん。

 もともと、犯人の狙いはあのアイドルたちだったってことだよね。

 でも、フロントで犯人たちは誰も部屋番号を訊いてないんだよ。

 それなのに、迷うことなく特定の部屋を襲撃した」

「‥‥つまり、人質の中に犯人を手引きしてた人がいるって

 言いたいんですか?」

「その可能性もあるってこと」

「あのアイドルたちのマネージャーとか、ホテルの従業員が

 犯人と通じてたってことも有り得るじゃないですか」

「だから可能性の話だって。

 とにかく別の共犯がいるのは間違いない」

 

 

# # #

 

 

吉澤と新垣は、1番奥の920号室の前で立ち止まった。

 

「ここが後藤真希の部屋です」

「うっわ1人部屋かよ、超ぜーたく。 4人まとめて1部屋でよくね?

 そうすれば経費削減できるしー、みんなで遊べて楽しいしー、

 一石二鳥どころか三鳥四鳥じゃん」

 

二鳥分しか言ってねえじゃんとツッコみたくなるのをぐっと堪え、

新垣は吉澤を無視して部屋のドアをノックした。

 

「ごとーさーん、警察でーす」

「中にいらっしゃいますか? もう安全ですよー」

 

―――返事がないので、

ホテルから預かった鍵でドアを開けることにする。

 

吉澤と新垣がそっと部屋の中に入っていくと、

「うわー、刑事さんだ。 本物?」

後藤真希はベッドに寝そべってマンガを読んでいた。

 

 

「なんか外が騒がしかったからドア開けて覗いてみたら、

 ちょー怪しい格好した男が廊下でドタバタしてたんだよね。

 てっぽー持って、変なマスクとかしちゃってさ。

 で、そのうちの1人とドアの隙間から目が合っちゃってね。

 そいつが部屋の中に入ってこようとしたから、慌てて閉めたけど」

「犯人は中には入ってこなかったんですか?」

「うん、あたしチェーンも掛けてたし」

「武装してるくせにドアを破ろうともしないなんて、

 随分紳士的な犯人ですね」

「そうだねぇ。 おとなしくしてれば何もしないって言うから、

 あたしずっとここで静かにマンガ読んでたの。 おなかへったー」

 

人質に取られてたっていうのになんて呑気な人だ、と閉口しつつ、

新垣は後藤の証言を律儀にメモに取る。

 

 

吉澤はさっきから部屋の中をうろうろしていたが、

急にこちらへ近づいてきて言った。

 

「ところで後藤さん」

「はい、なんでしょー」

「大好きです。 サイン下さい」

 

新垣は無言で吉澤の頭をはたいた。

(そんなことしてる場合じゃないだろ)と

(お前あややのファンって言ってたじゃん)という2つのツッコミが

頭の中で錯綜し、うまく言葉にできなかったのが悔しかった。

 

 

# # #

 

 

919号室。

松浦亜弥は、部屋の床に倒れていた。

 

「ちょっと! 大丈夫ですか? 松浦さん!」

新垣が必死に揺り起こそうとしたが、反応はない。

「ま、まさか、死ん‥‥」

 

「いや、ちょっと待て」

吉澤は松浦を後ろから抱きかかえて、口元に耳を近づけた。

「息はある。 眠らされてるだけだよ」

 

「なんだ‥‥よかった」

新垣は、ほっと胸を撫で下ろした。

 

「うっひょおおおおおおお! おっぱい! あややの生乳!」

一方、吉澤は松浦の胸を揉みしだいていた。

 

「っちょ! 何してるんですか吉澤さん!」

「いやー刑事になってよかった!

 揉んどけ揉んどけ、うしゃしゃしゃしゃしゃ」

 

絶句する新垣をよそに、

吉澤は松浦の乳で顔をパフパフして満足そうだ。

 

「ん‥‥うぅ‥‥」

松浦が目を覚ました。

 

 

「昨日の5時過ぎ、あ、17時ってことです夕方の。

 いきなりドアの鍵がガチャガチャ言うから何かと思ったら、

 知らない男が勝手に鍵開けて入ってきたんですよね。

 私ドアチェーン掛け忘れてたんです、迂闊でした。

 犯人は部屋の外の廊下で見張りをしてたんですけど、

 たまに部屋の中を覗くんですよ。

 中に入られるの嫌だったんで、一応チェーンは掛けときました。

 犯人も、それを無理矢理切ったりとか乱暴なことは

 しませんでしたね。

 で、私もしばらくは言われた通りおとなしくしてたんですけどね、

 いつまでこの状況が続くのか分かんないし、

 こうなったら自力で逃げ出そうと思ったんです。

 それが今朝9時頃だったかな。

 見張りの隙をついたつもりがやっぱり失敗しちゃって。

 あぁ、チェーンはその時に切られたっぽいです。

 薬で眠らされたのはその後すぐですね。

 変なことされてなきゃいいけど、にゃはは」

 

松浦は早口でそれだけまくしたてると、

新垣に向かって 「書けました?」 と言った。

 

必死でメモを取っていた新垣は、途中で諦めて曖昧に笑った。

こちらが聞きたいことを全部先回りして言ってくれるのは

ありがたいのだが、なんだかバカにされている気分だ。

 

 

さっきから部屋の中をうろうろしていた吉澤が、

急にこちらへ近づいてきて言った。

 

「ところで松浦さん」

「なんでしょう」

「胸のサイズを当てようか」

 

新垣は無言で吉澤の頭をはたいた。

 

 

# # #

 

 

918号室。

石川梨華はガムテープで全身をぐるぐる巻きにされた上、

口も塞がれていた。

 

「ちょっと痛いかもしれません、我慢して下さいね」

新垣はそう言って、

石川の口に貼られたガムテープをべりべりと剥がした。

 

「キャーーー! いたーい!」

口が自由になった途端、

石川は耳をつんざくような悲鳴を上げる。

「いやーーー! 跡ついちゃう! ぴりぴりする!

 なんか脱毛されてる気分!」

 

新垣は頭蓋骨にキンキン響く金切り声に辟易しながら、

石川の体に巻きつけられたガムテープを剥がしていった。

 

吉澤はなぜか部屋の隅に避難している。

新垣が恨めしそうに視線を向けると、

「あ、終わった? もう外していい?」

吉澤はいつの間にか耳栓を仕込んでいたようだった。

 

 

「はぁー、怖かった! こんな事件に巻き込まれるなんて、

 私ほんと運悪いですよね。 普段の行いが悪いのかな‥‥

 私なりに頑張ってるつもりだけど。 神様ってひどい。

 ‥‥時間は夕方の5時頃でした。

 仕事が終わってホテルでゆっくり休んでたら、

 いきなり部屋に男が乱入してきて。

 そのとき、たぶん私が暴れたからだと思うんですけど、

 ベッドに押さえつけられてガムテープで縛られちゃったんです。

 ‥‥あ、でも別にその‥‥いやらしいこととかされてないですよ。

 やだ、私ったら誤解を招くような表現を。

 ベッドとか縛るとか、深い意味はないんですよ。

 やだもう、なに想像してるんですか、刑事さんのエッチ」

 

松浦さんとは違った意味で会話に割り込みにくい人だな、

と思いつつ、新垣は一応メモを取った。

 

 

さっきから部屋の中をうろうろしていた吉澤が、

急にこちらへ近づいてきて言った。

 

「ところで石川さん」

「なんですか」

「うんこしないってほんとですか?」

 

新垣は無言で吉澤の頭をはたいた。

 

 

# # #

 

 

917号室。

部屋に入る前から、新垣の鼓動は激しく波打っていた。

憧れのアイドルに会える。

そう思うだけで、全身を熱い血が巡った。

 

「吉澤さん、安倍さんに対して失礼な言動は慎んで下さいよ」

「はぁーい」

「あと、安倍さんは絶対あいつらの共犯なんかじゃ

 ないですからね」

「はいはい」

「あんな天使みたいな人が犯罪者なわけないんですからね」

「はいはい」

 

新垣は震える手でドアをノックした。

中から鍵が開く。

大きく見開かれた新垣の瞳に、天使の微笑みが映った。

 

 

「5時頃、知らない男がいきなり部屋に入ってきたんです。

 怖かったぁ。

 ちなみになっちそのとき天津甘栗食べてて、ちょうど

 最後の1個を口に入れようとしてたところだったんですよねぇ。

 びっくりして床に甘栗落としちゃって、

 すごーくもったいないことしたなーと思います」

「ほう‥‥天津甘栗がお好きなんですか」

「でも、なっちが1番好きなのはやっぱりイチゴかな」

「ふんふん‥‥なるほど」

 

新垣は今までで1番真剣にメモを取った。

 

 

さっきから部屋の中をうろうろしていた吉澤が、

急にこちらへ近づいてきて言った。

 

「ところで安倍さん」

「なんだべ」

「あなたに令状が出てます」

 

「って、えぇ!?」

吉澤の頭をはたく準備をしていた新垣は、

驚きのあまり声を裏返らせた。

 

「ちょ、ちょっと待って下さいよ吉澤さん。

 なんで安倍さんが逮捕されるんですか?

 何の証拠があって安倍さんを共犯だと言うんですか?」

「いや、これは別件だよ」

「へ?」

 

吉澤は安倍に向き直ると、落ち着いた声で訊ねた。

 

「車を盗みましたね?」

「あれはちょっと素敵だなと思って借りただけで‥‥」

「しかも人を轢きましたよね?」

「ちょっとぶつかっただけで」

「その上逃げましたよね?」

「ちょっとびっくりしちゃって」

「‥‥‥」

「ん? なっち何か悪いことした?」

「観念しろ、安倍なつみ。

 盗難と轢き逃げの罪で逮捕しちゃうぞ」

 

 

# # #

 

 

人質4人を無事救出し、諸々の任務を終えた吉澤と新垣は

パトカーに乗り込んだ。

新垣はすっかり意気消沈している。

 

「ガキさん元気出して」

「落ち込むに決まってるじゃないですか。

 あの安倍さんが目の前で逮捕されるなんて。

 ‥‥しかも吉澤さんに」

「はっはっは」

「笑い事じゃありませんよ、不謹慎だなぁ」

 

新垣はため息をついて俯いたが、

「そういえば」 と顔を上げた。

「結局、立てこもりの共犯って誰だったんですかね」

 

吉澤は少し間をおいて答えた。

「石川梨華かな」

「‥‥なんでそうなるんですか」

「嘘ついてたから」

「え?」

 

「あの人さぁ、昨日の夕方襲われたときにガムテープで縛られて、

 口を塞がれたって言ってたよね。 でもあれは嘘だ」

「どうしてですか?」

「あれだけぐるぐる巻きにされてたら動けないし、

 口が利けないから助けも呼べないはずじゃん。

 普通の人間が丸1日以上、便意と尿意を我慢できると思う?」

「でも石川さんの排泄に関しては諸説あって‥‥」

 

「確かに梨華ちゃんはうんこしないが、

 おしっこしないとは言ってない」

 

 

# # #

 

 

後日、石川梨華がホテル立てこもり事件の主犯として逮捕された。

 

「そういえば動機って何だったんですか?」

「えーと何だっけな、びゆ‥‥なんちゃらが解散するのに

 退職金が貰えないとか何とか」

 

 

 

 

 

 

 

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