8年缶

 

 

 

 

 

今年も桜の季節がやってくる。


最初に言い出したのは誰だったっけ。
仕切りたがりの私だったか、企画好きのあいぼんだったか。

ありがちな話だ。
私たち4期がモーニング娘。に加入して1年が経った日、

4人で公園の桜の木の下にタイムカプセルを埋めた。
お菓子が入っていた大きな缶に、それぞれ好きな物を入れて。


それから毎年4月1日になると、

私たち4人はその公園に集まるようになった。
1年ごとに缶を掘り返しては、中身を入れ替える。
去年の思い出を取り出して、

代わりに今年の思い出を詰め込むのだ。

満開の桜の下で手を泥だらけにしながら、

私たちは過去を懐かしんだ。

 

 

О

 

 

最初の年、自分が何を入れたのかは思い出せないけど、

ののが色とりどりの飴玉を入れていたことだけは覚えている。
次の年、缶を掘り返したら飴玉は見た目は無事だったけど、

誰も食べる勇気がなくて結局捨てちゃったんだよね。

3年目、体積が絶頂期だった当時のよっすぃーは、

白熊のぬいぐるみを缶にぎゅうぎゅう押し込んでいた。
自虐的だ。 発案者はののだったらしいけど。

4年目、あいぼんは 「そろそろネタ切れや」 と言って

全員に宛てた手紙を入れていた。
次の年に読み返して、4人で爆笑したっけ。

 

 

5年目、私がモーニング娘。を卒業する年。

私は、ハロモニで使ったチャーミー石川の帽子を缶に入れた。
娘。時代に私を1番成長させてくれた、思い出深いキャラクターだ。

よっすぃーは、去年使ったガッタスのキャプテンマークを入れた。
まさかこの2週間後に自分が娘。のリーダーになるなんて

思いもしなかっただろう。

ののは、I WISHのCDを入れた。
前の年の辻加護卒業公演で、あいぼんと一緒に歌った曲だ。
これは2人だけじゃなく、

私たち4期全員にとっても特別な曲なんだよね。
私もよっすぃーも、やっぱり最後にこの歌を歌って卒業したんだ。

あいぼんは、写真を1枚入れた。
頑固一徹のコントの衣装で

私たち4人が肩を組んで写っている写真。
本当に家族みたいだ。

4人でこの役ができて嬉しかったな。


あの公園に4人が集まったのは、この年が最後になった。

 

 

О

 

 

6年目。 そこにあいぼんはいなかった。

3人で桜の木の下にしゃがみ込み、土を掘り返す。
誰も何も喋らなかった。
歪んだ円柱の形をしたお菓子の缶は、

いつもと変わらずそこにあった。

土だらけの缶から、それぞれ去年自分が入れた物を取り出す。
形の崩れた帽子。

しわしわのキャプテンマーク。

色褪せたCD。

缶の底には、あいぼんが入れたあの写真が貼り付いていた。
写真の中の4人の笑顔は場違いに思えるほど眩しくて、

ひどく悲しい気持ちになった。

 

 

「み、みんな今年は何持ってきたの?」
空気を変えようと、私はわざと明るい声で言った。

「‥‥‥何も」
「え?」
「何も持ってきてないよ」
よっすぃーは俯いてそう言った。

「‥‥のんも」
「‥‥‥実は私も」

そう、私たちは3人とも

思い出の品なんか持ってくる気になれなかったんだ。
あの謹慎事件は衝撃的で、それ以上に、

あいぼんがこの恒例行事に来なかったことのほうが

私にはショックだった。


1枚の写真だけが残った、丸い缶の中。
私たち3人は缶に向かって 「あいぼんのばーか」 と言って、

蓋を閉めた。

 

 

О

 

 

7年目。
巷ではまことしやかにあいぼんの復帰が囁かれていたけど、

私たちは、あいぼんとは連絡が取れないままだった。
あいぼんの姿を見ることができるのは、週刊誌の中だけで。

だけど4月1日が近づくにつれて、私たちはそわそわし始めた。
心のどこかで期待してたんだ、

今年こそあいぼんは来るかもしれないって。
去年はごめんなー、迷惑かけたなー、なんて言いながら

あの桜の木の下にひょっこり現われるんじゃないかな、って。


───あいぼんが事務所から解雇されたと聞いたのは、

約束の日の5日前だった。

 

 

7年目も、私たちは1人足りないまま。

私とののはやっぱり何も持っていくことができなくて、

缶に向かって 「あいぼんのはげ」 とだけ呟いた。

よっすぃーは唇を噛み締めて、

弟の自転車の鍵をそっと中に入れた。
桜の花びらが1枚、はらりと舞って缶の中に入り込む。
よっすぃーはそのまま蓋を閉めた。


大きな丸い缶の中には

たった1枚の写真と、小さな銀色の鍵だけが入っている。
桜の木からの餞別と一緒に。

 

 

О

 

 

2008年春。
いつの間にか、4人が出会って8年の月日が経っていた。
今年も桜の季節がやってくる。


4月1日、いつもの時間にいつもの公園へ。
柔らかい春風が心地よい。
風に舞う桜の花びらが頬をかすめた。

桜の木の下に座っている人影が見えて、

私は小走りで近づいていく。
木の幹にもたれかかって、よっすぃーが昼寝をしていた。

「なんだ、よっすぃーか」
「‥‥なんだとは何だ」
「あ、起きてたの。 ののまだ来てない?」
「うん、まだみたい」

あいぼんは、と訊こうとして口をつぐんだ。
来るわけないか。
今年もきっと、私たちは3人のままだ。

 

 

8年経っても4人のうち3人が昔と同じように集まれるなんて

幸せなことなのかもしれない。
この公園に集まる4期はいつか2人になり、1人になり、

やがて誰もいなくなるのだろう。

 

せめて私は最後の1人でありたい。


私はよっすぃーの隣に腰を下ろした。

心地よい風と春の匂いが鼻をくすぐる。
眠くなってきちゃった。
よっすぃーの肩に寄り掛かって、私も目を瞑った。


その日、何時間待っても、ののは来なかった。

 

 

О

 

 

「‥‥仕方ないよ、あいつも子育てで忙しいんだ」
「だからって毎年の約束すっぽかすなんて。

 来れないなら来れないで、連絡くらいくれればいいのに。

 ていうかカンペキ忘れてんじゃん」

「こんな約束忘れちゃうくらい、

 今、ののには他に大切なものがあるんだよ」
「比べるような言い方しないでよ」

「こうやって未だに過去にこだわってるのは

 あたしと梨華ちゃんだけってことだ」
「‥‥‥‥」

「‥‥もう、今年で終わりかもしれないね」

―――潮時ってやつですか。
いつまでも子供だと思っていた年下の2人。
ののもあいぼんも、もう私たちの知らない場所で

新しい生活を始めている。

 

 

いつまでも昔を懐かしむのは良くないことなの?
また4人揃ってふざけ合ったりできる日が来るって、

信じてちゃだめ?

私は信じたい。
だって4期は家族だもん。
8年前の4月1日、何万人もの女の子たちの中からたった4人が

選ばれたあの瞬間から、

私たちには切っても切れない極太の絆があるんだよ。


よっすぃーは目を伏せて唇を噛んだ。
泣きたい気分なのは私も同じだ。

「掘ろうよ。 2人しかいないけど」

私はかばんからスコップを取り出して、よっすぃーに手渡した。
よっすぃーは滲んできた涙を散らすようにぱちぱちとまばたきを

すると、「そうだね」 と言ってそれを受け取った。

 

 

「あれ‥‥」
土にスコップを突き立てた時、よっすぃーは手を止めた。

「どうしたの?」
「梨華ちゃんこれ、土が」

はっとした。
桜の木の根元周辺に、

一部分だけ土の色が変わっている所がある。
明らかに最近掘り返したばかりの跡だ。

私たちが来る前に、誰かがここを。


動悸が速くなる。
よっすぃーは少し躊躇ってから、無言でそこを掘り始めた。
私は傍らにしゃがんで、

がつがつと音を立てるシャベルの先端を見つめていた。

カンッ、と金属のぶつかる音がして、

土の中から円柱状のお菓子の缶が顔を覗かせる。
歪んだ縁に爪を立てると、缶の蓋は簡単に開いた。

 

 

その中には、去年よっすぃーが入れた自転車の鍵と、

からからに乾いた桜の花びら。
あの写真はなくなっていた。
代わりに小さな紙切れが入っている。

私はよっすぃーと顔を見合わせて、その紙切れを手に取った。
4つ折りにされたそれを、震える手でそっと広げてみる。


 『 りかちゃん、よっすぃ〜、のの。
   みんなごめんね。 ずっと大好き 』


少しだけ大人っぽくなった、懐かしい筆跡。

よっすぃーが、あの子の名前を呟いた。
私は紙切れを折り畳んで、黙って缶の中に戻した。

 

 

乾いて茶色く変色した1年前の桜の花びらは、

風に攫われてどこかへ飛んでいった。

「よっすぃー」
「‥‥何さ」
「私は来年もここに来るよ」

よっすぃーは丸い缶の中の紙切れを、黙って見つめていた。
私はゆっくりと缶の蓋を閉める。

 

 

蓋の上に、桜の花びらが舞い落ちてきた。
ふと空を見上げる。 いい天気だ。
そういえば8年間、この日に雨降ったことって無かったな。

「よっすぃー、私来るからね。

 再来年もその次も、10年後も20年後も」

きっと来年も晴れるはず。
ハタチを過ぎたののとあいぼんと一緒に、

お花見をしながらお酒を飲もう。


よっすぃーはぷいっとそっぽを向くと、

「お互い諦めが悪いのは同じだね」 と小さく呟いて鼻をすすった。

 

 

 

 

 

 

 

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