3つの願い

 

 

 

 

 

ある所に、2人の美しい女の子が住んでいました。

名前はちゃーみーとよっすぃ〜。

ちゃーみーは大地主の1人娘でしたが、

よっすぃ〜は貧乏な大家族の長女です。

 

小麦色の艶やかな肌、黒い瞳と黒い髪を持ち、

男を惑わすグラマラスボディのちゃーみーと、

雪見大福のような白い肌、茶色い瞳と茶色い髪、

少年のようなスレンダーボディのよっすぃ〜。

どこを取っても対照的ですが、2人はとても仲良しでした。

 

 

しかし、2人は自分の境遇に不満を持っていました。

 

「あーあ、もうお金持ちなんて嫌だなぁ」

「どうして?」

「だってお父さんは仕事と言いつつキャバクラばっかりで

 ほとんど家に帰ってこないし、お母さんは家出しちゃったし。

 毎日1人ぼっちで淋しいんだもん」

「静かでいいじゃん。 お手伝いさんはいるんでしょ?」

「いるけど仲良くないし退屈だよ。

 いくらお金があっても、私ぜんっぜん幸せじゃない」

 

ちゃーみーがそう言って大きなため息をつくと、

よっすぃ〜が反論に出ます。

 

「え〜、ちゃーみーは贅沢だよ。

 貧乏子沢山なんてめんどくさいだけだもん」

「そうかなぁ」

「弟や妹はうるさいし、綺麗な格好もできないし、

 いっつも家事ばっかで自分の好きなことする暇ないし。

 あーあ、もう貧乏なんて嫌だなぁ」

 

 

ちゃーみーは、たくさんの家族に囲まれて賑やかな毎日を

過ごしているよっすぃ〜のことをうらやましく思いました。

よっすぃ〜は、綺麗な服を着て何でも自分の好きなことができて、

優雅に暮らしているちゃーみーのことをうらやましく思いました。

 

「あーあ、2人が入れ替わっちゃえばいいのになぁ‥‥」

 

 

 

 

ある日、よっすぃ〜は道端で汚いライターを拾いました。

 

「おっ、まだガス残ってるじゃん! うしししし、儲け儲け」

 

もちろんよっすぃ〜が煙草を吸うわけではありません。

お父さんのライター代が浮いたと思って、

よっすぃ〜は喜びました。

 

ちょうどそこへちゃーみーが通りかかりました。

「どうしたの、よっすぃ〜」

「あっ、ちゃーみー。 見て、これ拾ったんだ」

 

よっすぃ〜はそう言って、嬉しそうにライターの火をつけました。

 

その時です。

カチッと小さく火花が散ったかと思うと、

ライターの火がボゥッと勢いよく燃え上がり、

突然、炎の中から女の子が現れたのです。

 

「ぎゃーーー!!!」

 

ちゃーみーとよっすぃ〜は驚いて腰を抜かしてしまいました。

炎の中から出てきた女の子は

鼻をほじりながら2人を見ています。

 

「‥‥何や、女か。 はー、がっかりやな」

「あわ、あわわわ‥‥」

 

2人は声にならない叫びを上げて恐怖に震えています。

女の子は鼻くそを指で丸めてぴんとはじくと、

面倒くさそうに言いました。

 

「うちはライターの精、あいぼんや。

 自分らの願い、何でも叶えたるで」

 

「‥‥へ?」

ちゃーみーとよっすぃ〜は目をぱちくりさせました。

「ただし願い事は3つまでやけどな」

 

2人は顔を見合わせて、もう1度あいぼんのほうを見ました。

 

「どうした、何もないんか」

「はぁ‥‥えっと」

 

ライターの精? 3つの願い?

ちゃーみーとよっすぃ〜は、おとぎ話のような突然の出来事に

困惑していました。

いざ願い事を言うとなると、咄嗟に言葉が出てきません。

 

「信じてへんのやったら、それでもええで。 うち帰るし」

そう言ってあいぼんがライターの中に戻ろうとするので、

よっすぃ〜は慌てて言いました。

「あっ、待って!」

 

「‥‥‥」

一瞬、間があって、あいぼんは言いました。

「はい、待ったで。 これで願い事1つ終了な」

 

えぇぇ〜〜〜〜〜!!!

ちゃーみーとよっすぃ〜は、あまりの理不尽さに

思わず不満の声を漏らしました。

「ちょ、ちょ、そんなのアリ? ずるくね?」

「そうだよ、ずるいよ! まだ願い事考えてないのにぃ」

 

「何や、いちゃもん付けんなや。

 待てって頼まれたから待ってやっただけやで」

あいぼんはそう言って涼しい顔をしています。

 

 

2人は慌てて話し合いを始めました。

「どうする? よっすぃ〜」

「どうしよう、ちゃーみー」

 

でもあいぼんは待ちくたびれてしまったようです。

大きなあくびをして、こう言いました。

「時間かかるんやったら、またあとで呼んでや。

 うち昼寝してくるわ」

 

あいぼんは、すぅっとライターの中に消えていきました。

 

 

さて、少し冷静になったちゃーみーとよっすぃ〜は、

自分たちの願い事がとても簡単なものだということに気づきました。

 

願い事は残り2つです。

家族が欲しいちゃーみーと、お金持ちになりたいよっすぃ〜。

 

まずは、2人の境遇を入れ替えてくれ、と頼むことにしました。

そして、もしどちらかがその入れ替わった生活に飽きたりしたら、

やっぱり元に戻してくれと頼めばいいのです。

これで3つの願いをすべて使い切ることになります。

 

ちゃーみーとよっすぃ〜は、

自分たちのアイディアにたいへん満足しました。

 

 

よっすぃ〜がポケットからライターを取り出します。

 

「よしっ、じゃあ呼んじゃうよ」

「うん! 楽しみだね、よっすぃ〜」

「どうなるかなぁ、ほんとに入れ替わっちゃうのかなぁ」

「ドキドキするね」

「うん、わくわくするね」

 

ちゃーみーがモジモジし始めました。

「どうしよう、なんか緊張しておなか痛くなってきちゃった」

「ふはは、ちゃーみーは小心者だなぁ」

 

よっすぃ〜は笑って、ライターの着火装置に親指をかけます。

 

と、その時ちゃーみーが言いました。

「よっすぃ〜ごめん! やっぱ私おなか痛いから、

 先にトイレ行ってきてもいいかな」

 

その瞬間、よっすぃ〜の親指に力が入って、

ライターからカチッと火花が散りました。

 

よっすぃ〜はちゃーみーの発言に衝撃を受けて、こう叫びます。

「えぇ!? ちゃーみーはうんこしないよ!」

 

炎の中から出現したあいぼんは、

「うむ、分かった」

と頷いて、またライターの中に消えていきました。

 

 

 

 

1週間後、

よっすぃ〜の家の古風な黒電話がけたたましく鳴りました。

 

「はい、吉澤です」

「もしもし、よっすぃ〜?」

 

電話を掛けてきたのはちゃーみーでした。

なぜか涙声です。

よっすぃ〜は心配になって訊ねました。

 

「どうしたの? 何かあった?」

「あの、私、私‥‥」

「泣かないで、ちゃーみー。

 私でよければ何でも相談に乗るよ」

「‥‥‥」

 

数秒の沈黙のあと、

受話器からちゃーみーの絶叫が響き渡りました。

 

「私、うんこが出ないのよぉーーー!!!」

 

 

そうです。

ちゃーみーにはこうであってほしい、というよっすぃ〜の願望を、

あいぼんは素直に聞き入れてしまったのです。

 

下剤を呑んでも浣腸をしてもうんこのできない体になってしまった

ちゃーみーは、この1週間ずっと腹痛に苦しんでいました。

 

 

やむを得ず、よっすぃ〜はライターの火をつけて

あいぼんを呼び出しました。

現れたあいぼんは眠そうに、寝癖のついた前髪を直しています。

 

「おぅ、久しぶりやな。 もう3つ目か?」

「うん」

「これで最後やで」

「‥‥うん」

 

よっすぃ〜は深呼吸をして言いました。

「あいぼんお願い、ちゃーみーの便秘を治して」

 

「よし来た」

あいぼんはそう言って嬉しそうに笑い、

ふわりと白い煙に包まれました。

 

「ほな、さいなら」

 

 

もくもくと立ち込めていた煙が消えると、

もうそこにあいぼんの姿はありませんでした。

 

よっすぃ〜が握りしめていたライターは、

いつの間にか真っ白な灰に変わっています。

灰は手のひらから床にこぼれ落ちて、

きらきら輝きながら消えました。

 

よっすぃ〜はしばらく放心していましたが、

納得したように頷いてにっこり笑いました。

「ありがとう、あいぼん」

 

よっすぃ〜は満足げにぱんぱんと手をはたいて

立ち上がります。

 

家族のために、お昼ごはんの支度をしなくてはいけません。

弟や妹がお腹をすかせています。

ごはん食べて洗濯物干して家の掃除が終わったら、

ちゃーみーの家に遊びに行こうっと。

淋しがりやのちゃーみーのために、今日は弟や妹も

連れて行こうかな。

 

 

―――ちゃーみーからの電話で、無事に排泄が完了したとの

報告があったのは、その30分後のことでした。

 

 

 

 

 

 

 

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